ロシア語の36個の子音音素のうち、破裂音12個、破擦音2個の発音を詳しく説明します。
ロシア語の子音音素は、破裂音、破擦音、摩擦音、鼻音、ふるえ音、接近音、側面接近音の7種類に分類することができます。そのうち、破裂音は口腔内で空気をせき止めてから開放して発音する音、破擦音は空気をせき止めてから開放するときに摩擦させて発音する音です。これらの発音を、多くの教科書では触れていないような音声学の知識も使って詳しく説明します。
はじめに
以下の説明では、音声学の用語を使っています。いくつかの用語について簡単に説明します。
子音の音素(ロシア語の音の体系として存在する音の種類)を / / で、その子音の実際の発音(異音)を [ ] で表しています。
音素と実際の発音の違いについては、次の記事で説明していますので参考にしてください。
子音は、のどを含む口の中の空気の通り道を、ふさいだり狭めたりして発音します。子音の音を作り出す場所を調音の場所といいます。
上あごの主な調音場所(上位調音器官)には、上歯、歯茎、硬口蓋、軟口蓋があります。舌も調音器官で、舌を前後に3分割して、前側を舌端、中程を前舌、後ろ側を後舌といいます。また、舌の先端を舌尖といいます。
子音の調音器官については、次の記事で説明していますので参考にしてください。
破裂音
肺から流れてきた空気を、口腔内で一度せき止めてから開放するときに調音されるのが破裂音です。
ロシア語には、次の3種類の破裂音があります。
/p/, /pʲ/, /b/, /bʲ/:両唇破裂音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/p/ | [p] | 無声両唇破裂音 | 有声化すると [b] |
/pʲ/ | [pʲ] | 硬口蓋化した無声両唇破裂音 | 有声化すると [bʲ] |
/b/ | [b] | 有声両唇破裂音 | 無声化すると [p] |
/bʲ/ | [bʲ] | 硬口蓋化した有声両唇破裂音 | 無声化すると [pʲ] |
[p], [pʲ] は無声子音、[b], [bʲ] は有声子音です。また、[p], [b] は硬子音、[pʲ], [bʲ] は軟子音です。
硬子音 /p/, /b/
/p/, /b/ の基本的な発音はそれぞれ [p], [b] で、日本語の /パ/, /バ/ を発音するときの子音とほぼ同じです。
上下の唇を閉じて肺から流れてきた空気をせき止めると、口腔内の圧力が高まります。ここで唇を開いて空気を開放させると、両唇破裂音が調音されます。このときに声帯を振動させないと無声両唇破裂音 [p]、声帯を振動させると有声両唇破裂音 [b] となります。
また、/p/ は有声化すると [b]、/b/ は無声化すると [p] として発音されます。
軟子音 /pʲ/, /bʲ/
軟子音である /pʲ/, /bʲ/ の基本的な発音はそれぞれ [pʲ], [bʲ] で、日本語の /ピ/, /ビ/ を発音するときの子音とほぼ同じです。
[i] を発音するときのように唇を横に引いて、 舌の中程の面(前舌面)を上あごの中程(硬口蓋)に近づけた状態で [p], [b] を発音します。このときに声帯を振動させないと無声両唇破裂音 [pʲ]、声帯を振動させると有声両唇破裂音 [bʲ] となります。
また、/pʲ/ は有声化すると [bʲ]、/bʲ/ は無声化すると [pʲ] として発音されます。
/t/, /tʲ/, /d/, /dʲ/:歯茎破裂音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/t/ | [t] | 無声歯茎破裂音 | 有声化すると [d] |
/tʲ/ | [tʲ] | 硬口蓋化した無声歯茎破裂音 | 有声化すると [dʲ] |
/d/ | [d] | 有声歯茎破裂音 | 無声化すると [t] |
/dʲ/ | [dʲ] | 硬口蓋化した有声歯茎破裂音 | 無声化すると [tʲ] |
[t], [tʲ] は無声子音、[d], [dʲ] は有声子音です。また、[t], [d] は硬子音、[tʲ], [dʲ] は軟子音です。
硬子音 /t/, /d/
/t/, /d/ の基本的な発音はそれぞれ [t], [d] で、日本語の /タ/, /ダ/ を発音するときの子音とほぼ同じです。ただし、ロシア語独特のコツがありますので解説します。
ロシア語の [t], [d] は、もっと精密には「舌端・歯-歯茎・破裂音」と呼ぶことができます。舌を前後に3分割した前の方の部分(舌端)を、上歯から歯茎にかけての部分(歯-歯茎)に接触させて発音するのが舌端・歯-歯茎音です。舌端が上歯から歯茎にかけての部分に触れていますから、舌の先端(舌尖)は通常は下歯の裏に接触しています。
この舌の状態で肺から流れてきた空気をせき止めて、口腔内で圧力が高まった空気を開放させると、歯茎破裂音(この場合は歯-歯茎破裂音)が調音されます。このときに声帯を振動させないと無声歯茎音 [t]、声帯を振動させると有声歯茎音 [d] となります。なお、もっと精密に国際音声記号で表すときは [t̪], [d̪] のように歯で調音することを意味する補助記号を付けます。
また、/t/ は有声化すると [d]、/d/ は無声化すると [t] として発音されます。そして、ロシア語の歯茎破裂音は帯気音化しませんので、あまり強く空気を吐き出す必要はありません。
軟子音 /tʲ/, /dʲ/
軟子音である /tʲ/, /dʲ/ の基本的な発音はそれぞれ [tʲ], [dʲ] で、日本語の /チ/, /ティ/, /ディ/ を発音するときの子音とは違います。教科書によっては、「テャを早く言う」とか、「チャよりはテヤに近い」など、さまざまに説明されています。日本語にも英語にもない発音ですから、まったく別の発音として練習しなければなりません。
硬子音の [t], [d] を、[i] を発音するときのように唇を横に引いて、舌の中程の面(前舌面)を上あごの中程(硬口蓋)に近づけて発音します。すると、舌端を歯から歯茎にかけての部分に接触させ続けるのは難しくなります。このため、舌と上あごの接触部分は少し後ろ側にずれて、後部歯茎付近が中心となります。ただし、舌尖は下歯の裏に付いたままです。
軟子音の [tʲ], [dʲ] は、少し破擦化されて発音されることが多いようです。破裂音の閉鎖を開放するときに、少しだけ摩擦音が響きます。ですから、日本語の /ティ/, /ディ/ を少しだけ摩擦させながら発音すると、ロシア語の [tʲ], [dʲ] に近い発音になります。日本語の /ティ/, /ディ/ は、舌端を歯茎に接触させますが、もっと舌先に近い部分を歯の裏に接触させて発音するように意識するとよいでしょう。
また、/tʲ/ は有声化すると [dʲ]、/dʲ/ は無声化すると [tʲ] として発音されます。そして、ロシア語の歯茎破裂音は帯気音化しませんので、破擦化したとしても、あまり強く空気を吐き出す必要はありません。
/k/, /kʲ/, /g/, /gʲ/:軟口蓋破裂音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/k/ | [k] | 無声軟口蓋破裂音 | 有声化すると [ɡ] |
/kʲ/ | [kʲ] | 硬口蓋化した無声軟口蓋破裂音 | 有声化すると [ɡʲ] |
/ɡ/ | [ɡ] | 有声軟口蓋破裂音 | 無声化すると [k] |
/ɡʲ/ | [ɡʲ] | 硬口蓋化した有声軟口蓋破裂音 | 無声化すると [kʲ] |
[k], [kʲ] は無声子音、[ɡ], [ɡʲ] は有声子音です。また、[k], [ɡ] は硬子音、[kʲ], [ɡʲ] は軟子音です。
硬子音 /k/, /ɡ/
/k/, /ɡ/ の基本的な発音はそれぞれ [k], [ɡ] で、日本語の /カ/, /ガ/ を発音するときの子音とほぼ同じです。
舌を前後に3分割した後ろの部分(後舌)を、上あごの奥の部分(軟口蓋)に接触させます。この舌の状態で肺から流れてきた空気をせき止めて、口腔の奥で圧力が高まった空気を開放させると、軟口蓋破裂音が調音されます。このときに声帯を振動させないと無声軟口蓋音 [k]、声帯を振動させると有声軟口蓋音 [ɡ] となります。
また、/k/ は有声化すると [ɡ]、/ɡ/ は無声化すると [k] として発音されます。
軟子音 /kʲ/, /ɡʲ/
軟子音である /kʲ/, /ɡʲ/ の基本的な発音はそれぞれ [kʲ], [ɡʲ] で、日本語の /キ/, /ギ/ を発音するときの子音とほぼ同じです。
硬子音の [k], [ɡ] を、[i] を発音するときのように唇を横に引いて、舌の中程の面(前舌面)を上あごの中程(硬口蓋)に近づけて発音します。すると、舌と上あごの接触部分が少し前側にずれて、後部硬口蓋付近が中心となります。ですから、本来は軟口蓋音である /k/, /ɡ/ の軟子音は、硬口蓋音に近い場所で調音されます。
また、/kʲ/ は有声化すると [ɡʲ]、/ɡʲ/ は無声化すると [kʲ] として発音されます。
破擦音
肺から流れてきた空気を、口腔内で一度せき止めてから開放するときに調音されるのが破裂音ですが、空気を開放するときに、空気を摩擦させた音を出しながら開放するのが破擦音です。音声学的には、破裂音を破擦化させて発音した音ということができます。
ロシア語には、次の2種類の破裂音があります。
/ts/:歯茎破擦音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/ts/ | [t͡s] | 無声歯茎破擦音 | 有声化すると [d͡z] |
/ts/ の基本的な発音は [t͡s] で、日本語の /ツ/ を発音するときの子音とほぼ同じです。
舌の前方の部分(舌端)を歯茎に接触させて閉鎖を作って [t] の構えをした後、舌端を下げながら閉鎖を開放するときに摩擦音を響かせます。
/ts/ は硬子音に分類されて、対応する軟子音がありません。つまり、 [t͡s] を発音しながら、舌の中程(前舌面)を上あごの中程(硬口蓋)に近づけて硬口蓋化する発音はありません。
また、子音音素としては /ts/ という無声音しかありませんが、実際の発音としては異音として、[t͡s] の他に有声歯茎破擦音の [d͡z] が現われることがあります。
/tɕ/:歯茎硬口蓋破擦音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/tɕ/ | [t͡ɕ] | 無声歯茎硬口蓋破擦音 | 有声化すると [d͡ʑ] |
/tɕ/ の基本的な発音は [t͡ɕ] で、日本語の /チ/ を発音するときの子音とほぼ同じですが、少し摩擦が強く聞こえます。
舌の前方の部分(舌端)を、歯茎から硬口蓋にかけての部分に接触させて閉鎖を作った後、舌端を下げながら閉鎖を開放するときに摩擦音を響かせます。
舌端が接触するのは、歯茎の後ろ側から硬口蓋の前側にかけての比較的広い範囲です。また、下の先端(舌尖)は下歯の裏には届かず、歯茎に接しています。
/tɕ/ は軟子音に分類されて、対応する硬子音はありません。
また、子音音素としては /tɕ/ という無声音しかありませんが、実際の発音としては異音として、[t͡ɕ] の他に有声歯茎硬口蓋破擦音の [d͡ʑ] が現われることがあります。
まとめ
ロシア語の子音のうち、破裂音と破擦音の発音を説明しました。
このうち、/p/, /pʲ/, /b/, /bʲ/, /t/, /d/, /k/, /kʲ/, /g/, /gʲ/, /ts/, /tɕ/ は、日本人にとって難しくない発音です。
難しいのは /tʲ/, /dʲ/ の発音です。日本語の /ティ/, /ディ/ を、もっと舌先に近い部分を歯の裏に接触させて、少し摩擦させるように発音するように意識するとよいでしょう。
コメント