ロシア語の名詞には、単数・複数という数の区別があって、名詞が表す人や物の数の違いに合わせて形が変わります。
名詞の複数主格形の語尾は、比較的単純ですが、例外的な語尾を持つ単語も多くあります。
また、いつも複数形で使う単語や単数形で使う単語もあります。関連して、物質名詞、集合名詞、抽象名詞という概念も簡単に説明します。
名詞の数とは
名詞は、人や物、事を指し示す働きをする単語です。ロシア語の名詞には、次のような特徴があります。
このうちの、名詞の数について説明します。
名詞の複数主格形
ロシア語の名詞は、指し示す人や物、事が2人、2つ以上のときは複数形に形を変えます。
ここでは、文の中で主に主語や述語として使う形である主格形について考えます。単数主格形と複数主格形の形の違いを説明します。
名詞の複数主格形の語尾は、次のように概略できます。
まず、文字の綴りから複数主格形を簡単に説明して、次に音(音素)から複数主格形を詳しく説明します。
綴りによる簡単な説明
多くの教科書に書かれているように、名詞の語末の綴りで考えると、名詞の複数形は次の表のようになります。
名詞の性 | 単数主格 | 複数主格 |
---|---|---|
男性名詞 | 子音字(й 以外) | -ы |
-й, -ь | -и | |
女性名詞 | -а | -ы |
-я, -ь | -и | |
中性名詞 | -о | -а |
-е | -я | |
-мя | -мена |
子音字や -ь で終わる名詞(男性名詞)と、-а や -я、-ь で終わる名詞(女性名詞と一部の男性名詞)は -ы か -и になります。
また、-о や -е で終わる名詞(中性名詞)は -а か -я に、-мя で終わる名詞(中性名詞)は -меня になります。
複数主格の語尾 -ы と -и、-а と -я の使い分けは次の通りです。
ただし、正書法の規則に注意する必要があります。語末の -г, -к -х, -ж, -ч, -ш, -щ, -ц に -ы, -я を付ける必要があるときは、代わりに -и, -а を綴ります。
音素による詳しい説明
ことばの基本は、文字ではなく音声です。ですから、名詞の複数形を、音(音素)で少し詳しく考えてみましょう。
名詞は、語幹と語尾とに分けられます。数や格の違いによって名詞の語末の形が変化するときに、形の変わらない部分を語幹、形の変わる部分を語尾といいます。名詞の語末の綴りではなく、名詞の語幹と語尾の音素に着目します。
また、主格形だけではなく、他の格の形も考慮すると、名詞の変化のタイプは大きく3つに分けられます。
語末の 綴り | 語幹 | 単数主格 | 複数主格 | 名詞の性 | |
---|---|---|---|---|---|
語尾 | 語尾 | ||||
第1変化 | |||||
① | 子音字 | 硬子音 | -/i/ | 男性名詞 | |
-й | -/j/ | ||||
-ь | 軟子音 | ||||
② | -о | 硬子音 | -/o/ | -/a/ | 中性名詞 |
-е | 軟子音 | -/e/ | |||
第2変化 | |||||
③ | -а | 硬子音 | -/a/ | -/i/ | 女性名詞 |
-я | 軟子音 | ||||
第3変化 | |||||
④ | -ь | 軟子音 | -/i/ | 女性名詞 | |
-мя | -/mʲa/ | -/mʲen/-/a/ | 中性名詞 |
結局のところ、複数主格形の語尾には、-/i/ か -/a/ しかないことが分かります。
そして、第1変化、第2変化、第3変化の区別ではなく、男性名詞と女性名詞は -/i/、中性名詞は -/a/ という語尾であると考えることができます。
また、単数主格形と複数主格形で、アクセントの位置の異なる単語がかなり多くあります。
上の表の①から④の順に、詳しく説明します。
①第1変化の名詞(男性名詞)
第1変化の男性名詞の単数主格形は、語幹が子音で終わっていて、語尾がありません。複数主格形は、語幹に -/i/ の語尾を付けます。
語幹末の子音が硬子音でも軟子音でも、-/i/ を付けるだけです。文字の綴りでは、硬子音の後では -ы を付け、軟子音の後では -ь の代わりに -и を付けることになります。
ただし、語幹末が -/j/ の場合は、-/i/ を付けると -/ji/ となりますが、音が縮約されて -/i/ となります。文字の綴りでは -й が -и に変わることになります。
語幹末が -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/(文字の綴りでは -ж, -ч, -ш, -щ)の場合も同じように -/i/ を付けますが、文字の綴りでは正書法の規則によって、すべて -и を付けることになります。
また、語幹末が -/ɡ/, -/k/, -/x/(文字の綴りでは -г, -к, -х)の場合も、正書法の規則によって-и を付けることになりますが、この影響で軟子音 -/ɡʲ/, -/kʲ/, -/xʲ/ に変わってしまいます。
②第1変化の名詞(中性名詞)
第1変化の中性名詞の単数主格形は、語尾が -/o/ または -/e/ です。複数主格形は、語幹末の子音が硬子音でも軟子音でも、語尾を -/a/ に変えます。文字の綴りでは -о が -а に、-е が -я に変わることになります。
語幹末が -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/ と -/ts/(文字の綴りでは -ж, -ч, -ш, -щ と -ц)の場合も同じように -/a/ を付けますが、文字の綴りでは正書法の規則によって、すべて -о や -е が -а に変わることになります。
③第2変化の名詞
第2変化の名詞のほとんどは女性名詞で、一部に男性名詞があります。単数主格形は、語尾が -/a/ です。複数主格形は、語幹末の子音が硬子音でも軟子音でも、語尾を -/i/ に変えます。文字の綴りでは -а が -ы に、-я が -и に変わることになります。
語幹末が -/ɡ/, -/k/, -/x/(文字の綴りでは -г, -к, -х)や -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/(文字の綴りでは -ж, -ч, -ш, -щ)の場合も同じように -/i/ を付けます。第1変化の男性名詞と同じように、文字の綴りでは正書法の規則によって、すべて -и が付くことになります。また、 -/ɡ/, -/k/, -/x/ は軟子音 -/ɡʲ/, -/kʲ/, -/xʲ/ に変わってしまいます。
④第3変化の名詞
第3変化の名詞は、単数主格形が軟子音で終わる語尾のない女性名詞が基本となります。複数主格形は、-/i/ の語尾が付きます。文字の綴りでは -ь の代わりに -и を付けることになります。
語幹末が -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/(文字の綴りでは -жь, -чь, -шь, -щь)で終わる名詞は、単数主格形の綴りの -ь があってもなくても発音は変わりませんが、-ь の綴りが含まれているのが特徴です。正書法の規則によって、複数主格形は常に -ы ではなく -и が付きます。
同じように単数主格形の -ь が、複数主格形で -и に変わる女性名詞の中に、語幹が変化する名詞があります。単数主格形と単数対格形以外の語幹は、-/erʲ/ だけ長くなります。
第3変化の名詞には中性名詞もあって、単数主格形が -/mʲa/(文字の綴りでは -мя)で終わります。複数主格形は、語幹の -/mʲa/ が -/mʲen/ になって、語尾 -/a/ が付きます。
путь /putʲ/「道」という男性名詞は、軟子音で終わっていますが第1変化ではなく、第3変化と同じような変化をします。複数主格形は第1変化の単語と区別できませんが пути /puˈtʲi/ となります。
例外的な複数主格形
単語の中には例外的な形の複数主格形となるものがあります。
主なパターンは次の通りですが、ひとつひとつ辞書で確認する必要があります。
男性名詞
複数主格形が -а, -я となる男性名詞
第1変化の男性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/a/(文字の綴りでは -а, -я)となる単語があります。この語尾にアクセントがあります。
複数主格形が -ья となる男性名詞
第1変化の男性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/◌ʲja/(文字の綴りでは -ья)となる単語があります。ここで -/◌ʲ/ は、直前の硬子音が軟子音となることを表しています。
同じように、複数主格形の語尾が -/◌ʲja/(文字の綴りでは -ья)となる男性名詞の中で、語幹が変化する名詞があります。 друг のように語幹の子音が交替する(/ɡ/ から /z/ へ)もの、сын のように語幹が -/ov/- で延長されるものです。
単数主格形が -ин で終わる男性名詞
第1変化の男性名詞の中で、-/◌ʲin/(文字の綴りでは -ин)で終わる人を表す単語があります。これらの複数主格形にはいくつかのタイプがあって、単数主格形の -/◌ʲin/(文字の綴りでは -ин)が、-/◌ʲe/, -/i/, -/a/(文字の綴りでは -е, -ы, -а)に変わります。ひとつひとつ辞書を引いて確認する必要があります。
単数主格形が -онок, -ёнок で終わる男性名詞
第1変化の男性名詞の中で、-/onok/(文字の綴りでは -онок, -ёнок)で終わる生き物の子どもを表す単語があります。これらの複数主格形は、-/onok/ が -/ata/(文字の綴りでは -ата, -ята)に変わるものがあります。
複数形の語幹末が軟子音になる男性名詞
第1変化の男性名詞の中には、語幹末の硬子音が、複数形では軟子音になる単語があります。複数主格形の語尾はふつうの第1変化と同じ -/i/(文字の綴りでは -и)です。
中性名詞
複数主格形が -и で終わる中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/i/(文字の綴りでは -и)となる単語があります。このタイプの単語は、複数主格形だけが基本的なパターンと違っていて、複数の他の格(生格、与格など)は通常通りの語尾が付きます。
複数形の語幹末が軟子音になって、複数主格形が -и で終わる中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、語幹末の硬子音が、複数形では軟子音になる単語があります。複数主格形の語尾はふつうの第1変化とは違っていて -/i/(文字の綴りでは -и)となります。また、ухо のように、語幹の子音が交替するものもあります。
複数主格形が -ья で終わる中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/◌ʲja/(文字の綴りでは -ья)となる単語があります。ここで -/◌ʲ/ は、直前の硬子音が軟子音となることを表しています。
複数形で語幹が変化する中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、複数形の語幹が -/◌ʲes/ で延長される単語があります。語尾は通常の第1変化の -/a/(文字の綴りでは -а)が付きます。
出没母音について
ロシア語では、単語の形が変化するときに、現われたり消えたりする母音があって、出没母音(しゅつぼつぼいん)と呼ばれます。出没母音は、語末に子音が連続しないように挿入されるもので、ふうう -/o/- か -/e/- です。
名詞の複数主格形に出没母音が関係するのは、第1変化の男性名詞です。
第1変化の男性名詞
第1変化の男性名詞では、単数主格形に語尾がないため、語幹末に子音が連続しないように出没母音が現われることがあります。逆に単数主格形を基本に考えると、複数主格形では母音が消えることになります。
文字の綴りの上では、単数主格形に現われている出没母音の文字 о, е が、複数主格形では、文字が書かれないだけではなく、ь や й として書かれる場合があります。
語幹末の連続した子音の間に出没母音が現われるかどうかは、その単語が共通スラヴ語の時代からどのように変化してきたかを考慮しなければ分かりません。ですから、新しい単語に出会ったときは、単語の変化に不規則な点がないかどうか、ひとつひとつ辞書を確認する必要があります。
複数形で使う名詞
名詞の中には、いつも複数形で使われる単語があります。
次のような単語には、基本的に単数形がありません。2つ以上の部分から構成されるものや、複雑な行為や過程から成り立つものが多く含まれます。
また、次の単語を単数の意味で使うときは、別の単語を使います。
次のような単語は、2つペアで使うのでふつう複数形を使います。特に1つだけであることを意味するときは単数形が使われます。
単数形で使う名詞
1つ、2つと数を数えられない名詞を不可算名詞といって、ふつう単数形で使います。不可算名詞には次のようなタイプがあります。
物質名詞
物質名詞(ぶっしつめいし)は、どこからどこまでが1つなのかを認識できない、形の定まっていない物を表す名詞です。ふつう単数形で使います。
その物が複数の種類あることを表すときは複数形を使うことがあります。しかし、молоко のようにそもそも複数形が存在しない単語では、сорт「種類」などの単語を使って表すしかありません。
集合名詞
集合名詞(しゅうごうめいし)は、人や物の集まりを1つのまとまりとして認識して、1つ1つの個体には着目しない名詞です。ふつう単数形で使います。
抽象名詞
抽象名詞(ちゅうしょうめいし)は、具体性がなく抽象的な概念を表す名詞です。ふつう単数形で使います。
まとめ
ロシア語の名詞の数と複数主格形について説明しました。
名詞の複数主格形は、次のような語尾になるのが基本です。
しかし、例外的な形になる単語も多いので、ひとつひとつ辞書を確認する必要があります。
また、複数形で使う単語、単数形使う単語についても説明しました。
単数形と複数形の使い分けや、物質名詞、集合名詞、抽象名詞の分類は、単語ごとに決まっているわけではなく、名詞が表している人や物について、話者がどのように認識しているかによって使い分けられます。
コメント