母音の音色の違いを作り出しているのは、ほとんどが舌と唇の特徴です。このため、舌の高さ、舌の前後、唇の丸めの有無、の3つの基準で母音を分類します。
また、これとは別に、音声学では、第1次基本母音、第2次基本母音のように、基本的な母音を分類することがあります。これらの母音の分類について解説します。
母音を分類するための3つの基準とは
母音を調音するときは、肺から流れてきた気流は、調音器官によってほとんど妨げられずに声道を通過します。このため、母音の音色の違いは、声道、とくに咽頭や口腔の形の違いによって生まれます。声道の形の違いを作り出しているのは、主に舌と唇です。このため舌と唇の特徴に着目して、母音を分類します。
口を開けた状態で、舌を持ち上げると口腔の中が狭くなり、舌を低い位置に保つと口腔の中が広くなります。舌の高さによって母音の音色が変わるので、口腔の中で舌がどれくらいの高さまで持ち上がっているかが、母音を分類する基準の一つになります。
また、舌を持ち上げるときには、口腔の中の前の方で持ち上げたり、後ろの方で持ち上げたりすることができます。この違いによって、口腔内の空間の形が変わって母音の音色が変わります。このため、舌の一番高くなっている部分が前にあるか後ろにあるかも、母音を分類する基準の一つになります。
舌の形が同じでも、唇をすぼめて丸めるか、丸めたりしないで広く開けたり、横に引いたりするかによっても、口から出ていく気流に影響を与えて、母音の音色が変わります。このため、唇を丸くすぼめるかどうかも、母音を分類する基準の一つです。
まとめると、次の3つが母音を分類する基準として広く使われています。
母音を分類する基準については、『日本語音声学入門』にもわかりやすく説明されています。書名に「日本語」とありますが、外国語を含めて、ひろく言語一般について書かれています。
国際音声記号での母音の分類
国際音声記号(IPA)では、この3つの基準で分類した母音の中から、最も基本的な母音を8個、次に基本的な母音として10個、これらの母音では表せないその他の母音10個、の28個の母音が定義されています。
第1次基本母音
まず、唇を丸めずに、どちらかといえば横に引くようにします。そして口腔の中で舌をできるだけ高く、しかし近づけすぎて摩擦音が発生しない程度に、上あごに近づけます。さらに上あごに近づけた舌の位置を、できるだけ口の前の方に動かします。この状態で調音される母音を [i] とします。前舌が硬口蓋に近づいた状態です。
この状態から、舌の位置はずっと前に保ったまま、口を大きく開けると、[a] の母音になります。それから、口を大きく開けたまま、なおかつ口腔内に広い空間を保ったまま、舌だけをこれ以上は下がらない位置まで後ろへずらします。これを [ɑ] とします。
次に舌の位置は後ろのままで、後舌を高く持ち上げて、口腔内を狭くします。しかも唇を思い切り丸めてしまいます。そうすると [u] の母音になります。
ここまでで、舌の高低と前後の位置が両極端な4つの母音が決まりました。[u] だけが唇を丸めていて、あとは丸めていないことに注意しましょう。
次に、[i] に戻って、もう一度 [a] まで変化させる途中に、口の開き具合を3等分した位置に母音を決めて、これを [e] と [ɛ] とします。同じように、[u] から [ɑ] に向かって口を開けていって、口の開き具合を3等分した位置の母音を、[o] と [ɔ] と決めます。どちらも唇を丸めた母音です。
これで、舌の位置が前側の母音4つ、後ろ側の母音4つの計8つの母音が決まりました。つまり、前舌母音が4つ、後舌母音が4つです。これらを、第1次基本母音といいます。
IPAではこれらの母音を、次の母音四角形の形でまとめています。これは、左を向いた人の口腔の断面を概念的に表わしています。例えば [i] の母音は、舌を口の前の方で高く持ち上げて発音するので、図の左上に [i] と表示されています。また、黒点の左側の記号は唇を丸めない非円唇母音、右側の記号は唇を丸める円唇母音です。
(CC BY-SA)2020 IPA をもとに、Gen語学.com が改変
第2次基本母音
それぞれの第1次基本母音について、唇の丸めの有無を反対にした母音が第2次基本母音です。つまり、[i]、[e]、[ɛ]、[a]、[ɑ] を唇を丸めて調音する母音を、それぞれ [y]、[ø]、[œ]、[ɶ]、[ɒ] とします。また、[ɔ]、[o]、[u] を唇を丸めずに調音する母音を、それぞれ [ʌ]、[ɤ]、[ɯ] とします。
また、口の開きが狭く、舌の位置が [i] と [ɯ] の中間の母音を [ɨ]、それを唇を丸めて調音する母音を [ʉ] として、この2つも第2次基本母音に加えます。
これらの第2次基本母音を母音四角形の上に並べると、次のようになります。黒点の左側の記号は唇を丸めない非円唇母音、右側の記号は唇を丸める円唇母音です。
(CC BY-SA)2020 IPA をもとに、Gen語学.com が改変
その他の母音
実際の言語で使われる母音を書き表すときに便利なように、第1次、第2次基本母音の他に、次のような母音が定義されています。
[a] よりも少し狭く、[ɛ] よりは広い母音を [æ] とします。[ɪ] と [ʊ] は、それぞれ [i] と [u] を、口や舌の緊張を緩めて発音した母音です。緊張を緩めたために、舌の高さがやや低く、また、前後の位置も中央寄りに変化しています。[ɪ] を唇を丸めて調音、または [y] を緊張を緩めて発音した母音が [ʏ] です。
この他に、中舌母音に分類される母音が多く定義されています。まず、舌の最も高くなる位置が上下、前後ともに中央付近の母音を [ə] とします。また、舌の位置が [a] と [ɑ] の間くらいで、やや緊張が緩んで少し狭くなった母音が [ɐ] です。
それから母音四角形の上で、中舌で、口の開きを3等分した位置の母音が空欄になっていました。ここに、口の開きがやや狭い [ɘ]、[ɵ] と、やや広い [ɜ]、[ɞ] の4つの母音が定義されています。それぞれ後ろの記号が円唇母音です。
(CC BY-SA)2020 IPA をもとに、Gen語学.com が改変
すべての母音を並べると
これで、第1次基本母音8個、第2次基本母音10個、その他母音10個の28個すべての母音がそろいました。これらを母音四角形の上に並べると次のようになります。この図では、唇を丸めずに調音する非円唇母音を赤色で、唇を丸めて調音する円唇母音を青色で表わしています。
(CC BY-SA)2020 IPA をもとに、Gen語学.com が改変
それぞれの母音の呼び方
舌の一番高くなる部分の前後の位置に関しては、「前舌」、「中舌」、「後舌」と大きく分類します。また、舌の高さは、口腔内の広さと考えて、「狭」、「半狭」、「半広」、「広」の4つに分かれています。また、「狭」と「半狭」の間を「広めの狭」、「半広」と「広」の間を「狭めの広」、「半狭」と「半広」の間、つまり全体の中間の広さを「中央」と呼んだりしますが、研究者によって呼び方が異なるようです。
これに、唇の丸めについて「非円唇」、「円唇」の分類を加えて、それぞれの母音を言い表します。例えば、[i] は「非円唇前舌狭母音」ですし、[o] は「円唇後舌半狭母音」と表せます。これまでに出てきた母音を、前舌母音、中舌母音、後舌母音に分けて、一覧にしてみましょう。
前舌母音 | |||
---|---|---|---|
[i] | 非円唇 前舌 狭母音 | [y] | 円唇 前舌 狭母音 |
[ɪ] | 非円唇 前舌 広めの狭母音 | [ʏ] | 円唇 前舌 広めの狭母音 |
[e] | 非円唇 前舌 半狭母音 | [ø] | 円唇 前舌 半狭母音 |
[ɛ] | 非円唇 前舌 半広母音 | [œ] | 円唇 前舌 半広母音 |
[æ] | 非円唇 前舌 狭めの広母音 | ||
[a] | 非円唇 前舌 広母音 | [ɶ] | 円唇 前舌 広母音 |
中舌母音 | |||
[ɨ] | 非円唇 中舌 狭母音 | [ʉ] | 円唇 中舌 狭母音 |
[ɘ] | 非円唇 中舌 半狭母音 | [ɵ] | 円唇 中舌 半狭母音 |
[ə] | 非円唇 中舌 中央母音 | ||
[ɜ] | 非円唇 中舌 半広母音 | [ɞ] | 円唇 中舌 半広母音 |
[ɐ] | 非円唇 中舌 狭めの広母音 | ||
後舌母音 | |||
[ɯ] | 非円唇 後舌 狭母音 | [u] | 円唇 後舌 狭母音 |
[ʊ] | 円唇 後舌 広めの狭母音 | ||
[ɤ] | 非円唇 後舌 半狭母音 | [o] | 円唇 後舌 半狭母音 |
[ʌ] | 非円唇 後舌 半広母音 | [ɔ] | 円唇 後舌 半広母音 |
[ɑ] | 非円唇 後舌 広母音 | [ɒ] | 円唇 後舌 広母音 |
実際の言語では、これらの記号が書かれた位置以外の、多くの母音を発することができます。そのような母音を書き表すには、もっとも近いと思われる記号を使ったり、補助的な記号を使ったりします。これについては、次の記事で説明していますので参考にしてください。
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