ある言語の発音を理解するためには、実際の発音をたくさん聞くことは大切です。そして音声学の知識があると、とても効率的に語学を学べます。語学を楽しむために必要な音声学の知識のうち、子音と母音の発音と国際音声記号(IPA)を中心に、最低限知っておくとよいことを説明します。
音声学とは
人間が言葉によるコミュニケーションに使う音を音声といいます。音声に関する研究が音声学です。音声学は、次の3つの分野に大きく分かれます。
このうち調音音声学は、話し手の立場から音声を研究する学問なので、語学を学ぶ上で、ある言語のある音をどのようにしたら発音できるのかという疑問にヒントを与えてくれるものです。ですから、ここでは主に、調音音声学について説明します。
音声を発するために必要な3つのプロセス
音声を発するためには、次の3つのプロセスが関係します。
これらのプロセスについて、順に見ていきます。
(1)気流の発動 ~ 空気の流れを作り出す
音声を発するには、口や鼻の中の空間に空気の流れ、つまり気流を起こす必要があります。息を吸ったり吐いたりすることによって気流を起こすのが、最もふつうの方法です。これは、肺の働きによって気流を発動するものです。少し特殊な気流の起こし方として、次のように、喉頭を使う方法や軟口蓋を使う方法があります。
喉頭気流と軟口蓋気流をあわせて、非肺気流と呼んだりします。非肺気流によって作られる子音については、のちほど説明します。
(2)発声 ~ 必要に応じて声を作り出す
のどには軟骨で囲まれた喉頭(こうとう)があります。その中には筋肉でできた2本の声帯(せいたい)があって、これらの隙間を声門(せいもん)といいます。気流が声門を通るときに、声帯が気流に対して行なう働きを発声といいます。ここでは、発声の状態を、有声と無声の2つに大きく区別しておきます。
(3)調音 ~ いろいろな音声を作り出す
主に肺から流れてきた気流に対して、舌などを動かして気流の通り道の形を変化させて色々な音声を出すことを調音(ちょうおん)といいます。また、喉頭を出てから口、鼻の端までの気流の通り道を声道(せいどう)といいます。声道は、次の調音器官(ちょうおんきかん)から成り立っています。
調音器官は、さらに細かく分類するのがふつうです。調音器官の種類や場所について、次に説明します。
3つのプロセスについては、次の記事でも説明しています。
調音器官と音声器官
声道は、鼻腔、口腔、咽頭の調音器官から成り立っています。また、これ以外の肺や声門なども含めて、音声を発するために使われる器官を音声器官(おんせいきかん)といいます。
口腔内の調音器官 ~ 種類と場所
口腔内の調音器官は、上側に位置する上位調音器官と下側に位置する下位調音器官に大きく分けられます。音声の多くは、下位調音器官が上位調音器官に接近・接触して調音されます。これらの調音器官はさらに多くの調音器官に細分できます。
口腔内の上側にある調音器官
まず、口腔内の上側に位置する上位調音器官です。口の外側から奥に向かって、左側から右側へ並べてまとめると、次のようになります。
上唇 | 上歯 | 歯茎 | 硬口蓋 | 軟口蓋 | 口蓋垂 | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
上唇 | 上歯 | 歯茎 | 後部歯茎 | 歯茎硬口蓋 | 硬口蓋 | 軟口蓋 | 口蓋垂 |
まず口の外側から順に、上唇(じょうしん)、上歯(じょうし)があります。上歯の裏側の盛り上がった部分から内側に傾斜した部分にかけてが歯茎(しけい)です。その奥の硬い天井の部分が硬口蓋(こうこうがい)、さらに奥の軟らかい部分が軟口蓋(なんこうがい)と呼ばれます。軟口蓋の最も奥の真ん中には口蓋垂(こうがいすい)が垂れ下がっています。また、硬口蓋と軟口蓋をあわせて口蓋(こうがい)と呼びます。
歯茎から軟口蓋にかけての部分は、舌の近づく位置が少し違うだけで、かなり違った音声が調音されるため、もう少し細かく分類します。歯茎のうち、後ろ側の傾斜した部分を後部歯茎(こうぶしけい)と呼びます。また、硬口蓋のうち、前側の後部歯茎に近い部分を歯茎硬口蓋(しけいこうこうがい)と呼んで区別します。
上位調音器官は、基本的にはほとんど動きませんが、軟口蓋の後ろ側は上へ持ち上がって、鼻腔への通路を閉じたり開いたりします。この部分を口蓋帆(こうがいはん)と呼びます。
口腔内の下側にある調音器官
次に、口腔内の下側に位置する下位調音器官です。こちらは舌が主役です。まとめると次のようになります。
下唇 | 下歯 | 舌先 | 前舌 | 後舌 | 舌根 | |
---|---|---|---|---|---|---|
下唇 | 下歯 | 舌尖 | 舌端 | 前舌 | 後舌 | 舌根 |
まず、下唇(かしん)があります。下歯(かし)は上側の調音器官と接して調音することはありませんが、下側の調音器官である舌が触れることがあります。下歯の裏側には歯茎がありますが、調音には関わりません。
舌は、前後3つに区分します。前側を舌端(ぜったん)、中程を前舌(ぜんぜつ)、後ろ側を後舌(こうぜつ)と呼びます。一番前側が前舌ではないので注意してください。後舌より奥の舌の根元を舌根(ぜっこん)といいます。また、舌の先の部分を特に舌尖(ぜっせん)と呼んで区別します。そして、舌尖と舌端をあわせて舌先(したさき)と呼ぶことがあります。
その他の調音器官や音声器官
上位調音器官で説明したように、口蓋帆が上下することによって、鼻腔内に気流が流れ込むかどうかが変化して、音の響きが変わります。その点で、口腔と鼻腔とを隔てる口蓋帆は、調音に関係していることになります。
また、咽頭の壁である咽頭壁は、舌根と向かい合っていて、調音器官として働きます。
咽頭より奥の喉頭(こうとう)には、2本の声帯(せいたい)があって、これらの隙間である声門(せいもん)を気流が通るときに発声します。また、声門で気流が妨げられたり、完全に閉じられることによっても音声が作り出されます。声門は、発声だけでなく調音にも使われているのです。
また、喉頭に蓋をする役割を果たしている喉頭蓋(こうとうがい)によって、気流が妨げられて音声が作られることがあります。
これらの調音器官については、次の記事でも説明しています。
子音
調音器官の説明が終わったので、これらの調音器官で作られる子音について説明します。
肺から出た気流が調音器官で妨げられて、大部分の子音の音声が作られます。気流が声門を通るときには、声を伴うことがあって、有声の子音と無声の子音とに区別されます。
調音音声学的に子音を分類するには、次の2つの基準があります。
調音の場所による子音の分類
子音が調音されるときに気流が妨げられる場所を調音の場所(ちょうおんのばしょ)といいます。上側と下側のどの調音器官を使うかによって、子音は次の13種類に分類できます。
これらを大きく4つのグループに分けて、順に説明します。以下の説明で、[ ] の中に示したのは国際音声記号(IPA)で表した記号です。
唇が関わる子音
唇が関係して調音される子音には、両唇音と唇歯音があります。
子音 | 両唇音 | 唇歯音 |
---|---|---|
上位調音器官 | 上唇 | 上歯 |
下位調音器官 | 下唇 |
両唇音
両唇音(りょうしんおん)は、上唇と下唇を接近・接触させて調音する子音です。
唇歯音
唇歯音(しんしおん)は、下唇を上歯に接近・接触させて調音する子音です。
舌尖や舌端が関わる子音
舌尖や舌端が関係して調音される子音には、歯音、歯茎音、後部歯茎音、そり舌音、歯茎硬口蓋音があります。
子音 | 歯音 | 歯茎音 | 後部歯茎音 | そり舌音 | 歯茎硬口蓋音 |
---|---|---|---|---|---|
上位調音器官 | 上歯 | 歯茎 | 後部歯茎 | 歯茎硬口蓋 | |
下位調音器官 | 舌尖や舌端 | 舌端 | 舌尖 | 舌端 |
歯音
歯音(しおん)は、舌尖や舌端を上歯の裏に接近・接触させて調音する子音です。歯音の変種として、上下の歯の間に舌先を挟む歯間音(しかんおん)があって、IPAでは同じ記号で表します。
歯茎音
歯茎音(しけいおん)は、基本的には舌端を歯茎に接近・接触させて調音する子音です。
歯茎破裂音にはバリエーションも多くあります。舌尖で調音する場合もあり、その場合、IPAでは舌尖音を [t̺]、舌端音を [t̻] のように区別して表すことができます。また、調音の場所が、前寄りで歯音に近い場合は [t̪]、後ろ寄りで後部歯茎音に近い場合は [t̠] のように区別して表すことができます。
後部歯茎音
後部歯茎音(こうぶしけいおん)は、舌端を後部歯茎に接近・接触させて調音する子音です。
そり舌音
そり舌音(そりじたおん)は、舌尖を後部歯茎に接近・接触させて調音する子音です。舌端の裏を後部歯茎に接近・接触させる場合もあります。舌尖を後部歯茎まで近づけるためには、舌が反り返る必要があります。また、この子音だけ、調音の場所ではなく、舌の形状が子音の名前になっています。
歯茎硬口蓋音
歯茎硬口蓋音(しけいこうこうがいおん)は、舌端を歯茎硬口蓋に接近・接触させて調音する子音です。
前舌や後舌、舌根が関わる子音
前舌や後舌、舌根が関係して調音される子音には、硬口蓋音、軟口蓋音、口蓋垂音、咽頭音があります。
子音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | 口蓋垂音 | 咽頭音 |
---|---|---|---|---|
上位調音器官 | 硬口蓋 | 軟口蓋 | 口蓋垂 | 咽頭壁 |
下位調音器官 | 前舌 | 後舌 | 舌根 |
硬口蓋音
硬口蓋音(こうこうがいおん)は、前舌を硬口蓋に接近・接触させて調音する子音です。
軟口蓋音
軟口蓋音(なんこうがいおん)は、後舌を軟口蓋に接近・接触させて調音する子音です。
口蓋垂音
口蓋垂音(こうがいすいおん)は、後舌を口蓋垂に接近・接触させて調音する子音です。
咽頭音
咽頭音(いんとうおん)は、舌根を咽頭壁に接近・接触させて調音する子音です。
喉頭が関わる子音
最後に、喉頭が関係して調音される子音には、喉頭蓋音と声門音があります。
子音 | 喉頭蓋音 | 声門音 |
---|---|---|
上位調音器官 | 咽頭壁 | |
下位調音器官 | 喉頭蓋 | 声帯と声帯 |
喉頭蓋音
喉頭蓋音(こうとうがいおん)は、喉頭蓋を咽頭壁下部に接近・接触させて調音する子音です。喉頭蓋破裂音は、生理的に声帯の振動を伴わず有声音になりにくいため、IPAの記号では有声と無声を区別していません。
声門音
声門音(せいもんおん)は、2本の声帯どうしを接近・接触させて調音する子音です。
声門破裂音は無声音でも有声音でもありませんが、IPAの表では無声音として書かれています。また、声門摩擦音は、声門の隙間が少し開いて摩擦が発生しますが、有声音の場合は同時に発声も行ないます。このように声門音は、発声と調音の両方に関係するため、特殊な音といえます。
次の記事でも、調音の場所による子音の分類について説明しています。
調音の方法による子音の分類
大部分の子音は、口腔内の下側に位置する下位調音器官が、上側に位置する上位調音器官に接近・接触して調音されます。このとき、調音器官どうしがどのような状態になって調音されるのかを調音の方法(ちょうおんのほうほう)といいます。調音の方法によって子音を分類することもできます。
調音器官が接触して閉鎖が作られる子音
破裂音
上下の調音器官を互いに接触して閉鎖を形成して、肺から流れてきた気流を遮断します。すると、閉鎖した場所より奥側の気圧が上昇して、口の外の気圧よりも高くなります。この状態で、上下の調音器官を引き離して空気を開放すると破裂音(はれつおん)が発生します。破裂音の発生には、次のように3つの段階があります。
このように、破裂音の発生には調音器官どうしが接触することによる閉鎖が重要なので、破裂音のことを閉鎖音(へいさおん)とも呼びます。
鼻音
一般に、調音するときに、口蓋帆が上がって鼻腔へ気流が流れないようにして出る音を口音(こうおん)と呼びます。逆に、口蓋帆が下がっていて気流が鼻腔へ抜ける音を鼻音(びおん)と呼びます。
破裂音を発生する3つめの段階で閉鎖を開放するときに、鼻腔へ気流が流れないようにした音を破裂口音といい、これをふつう単に破裂音と呼んでいます。一方、鼻腔へ気流が流れる破裂音を破裂鼻音といい、ふつう単に鼻音と呼んでいます。
破裂音以外の調音でも、鼻腔へ気流が抜ける鼻音があり得ますが、多くの言語に存在するのは破裂鼻音です。このためIPAでは、破裂鼻音に記号が割り振られていて、子音の分類表にも独立した欄が与えられています。破裂口音と破裂鼻音はどちらも破裂音なのですが、ここでは、IPAの子音分類表にあわせて、破裂音と鼻音とに分けておきます。
ふるえ音
ふるえ音は、調音器官が同じ運動を繰り返すことによって、瞬間的な閉鎖が数回繰り返されて出る音です。舌先を使ったふるえ音が、比較的多くの言語に存在します。舌先の力を抜いて、そこに強い呼気を通すと、舌先が断続的に歯茎に接触して、ふるえ音が発生します。
たたき音とはじき音
たたき音とはじき音は、どちらも、調音器官によって瞬間的に1回だけ閉鎖されて出る音です。この2つをあわせて(広義の)はじき音と呼ぶことがあります。
たたき音は、舌先を歯茎に打ち付けるように瞬間的に持ち上げて、すぐに引き下げて元の状態に戻して発生します。一方、はじき音は、歯茎よりも奥側に位置させた舌先を、元の位置に戻す途中で、歯茎に触れて発生します。
調音器官が接近して隙間が作られる子音
摩擦音
摩擦音(まさつおん)は、調音器官どうしがかなり接近して、気流の通る隙間が小さくなって、こすれるようにして出る音です。
気流が通る隙間の位置に着目すると、摩擦音を次の2つに分けることができます。隙間が口腔の真ん中にある摩擦音を中線的摩擦音といい、ふつう単に摩擦音と呼びます。一方、舌先が上位調音器官に接触して、その両脇に隙間がある摩擦音を側面的摩擦音といい、ふつうは側面摩擦音(そくめんまさつおん)と呼びます。舌先は上の調音器官と接触していますが、舌先では調音しないため破裂音ではありません。舌の側面の摩擦によって調音されるので、摩擦音に分類されます。
接近音
接近音(せっきんおん)は、調音器官どうしが接近するものの、その隙間が広いため、気流が摩擦を起こさずに出る音です。
摩擦音と同じように、気流の通る隙間に着目すると、接近音を2つに分けることができます。中線的接近音、ふつう単に接近音と呼ぶものと、側面的接近音、ふつうは側面接近音(そくめんせっきんおん)と呼ぶものです。
接近音の中でも、調音の構えを固定させないで、次に続く母音へと速やかに移っていく性質を持つものを半母音(はんぼいん)といいます。半母音は、口や舌の構えが、口の開きの小さな母音(狭母音)と似ています。
次の記事でも、調音の方法よる子音の分類について説明しています。
子音のさまざまな調音
口腔内で作られる子音は、「調音の場所」と「調音の方法」の2つの基準を使って分類できます。しかし、実際に発せられる子音は、これらの基本的な調音に加えて、同時に付加的な調音が行なわれることがあります。二重調音や二次的調音などの付加的な調音について説明します。
二重調音
肺からの気流を、2か所で同時に妨げて調音することができます。その妨害の度合いが同じ程度のものを二重調音といいます。
2か所で破裂する子音
口腔内の2か所で気流が閉鎖されて、それが開放されて調音される音です。破裂口音の場合も、破裂鼻音の場合もあります。2か所で破裂音が発生するので、国際音声記号(IPA)では、破裂音の記号を並べて表わしますが、2つの破裂音が時間的に連続して発せられるわけではないため、[k͡p]、[ɡ͡b] のように [ ͜ ] や [ ͡ ] で2つの記号を結んで表わすことがあります。
2か所で摩擦・接近する子音
口腔内の2か所で調音器官が接近して同時に調音される音です。IPAでは独立した記号が割り当てられています。
摩擦音では、[ɸ] と [x] の同時調音である両唇軟口蓋摩擦音 [ʍ]、[ʃ] と [x] の同時調音である後部歯茎軟口蓋摩擦音 [ɧ] などがあります。接近音では、両唇軟口蓋接近音 [w]、両唇硬口蓋接近音 [ɥ] などがあります。
閉鎖の開放のしかたで音質を変える二次的調音
2種類の調音が同時に行なわれるときに、片方が主、もう片方が副とみなせるとき、これを二次的調音といいます。基本の調音に対して、もうひとつの調音で味付けするような感じです。
破裂音は、調音器官による閉鎖の形成、閉鎖の持続、閉鎖の開放の3段階を経て発せられます。このうち、閉鎖の開放のしかたに二次的な調音を加えることができます。
帯気音化
無声破裂音の閉鎖が開放されると、気流の妨害がなくなり、肺からの気流は自由に流れるようになります。それまで声帯は振動していませんが、閉鎖の開放に続けて母音を発音すると、声帯が振動し始めます。
しかし、閉鎖の開放のあと、母音の発音が始まるまでに少しだけ時間があくと、肺からの気流だけが流れる時間ができます。この肺からの空気を気音といい、気音を伴った破裂音を有気音(ゆうきおん)または帯気音(たいきおん)、伴わない破裂音を無気音(むきおん)または非帯気音(ひたいきおん)といいます。そして、気音を伴うように調音することを帯気音化(たいきおんか)といいます。有気音をIPAで表わすには、[pʰ] のように子音の右肩に [ ʰ ] を付けます。
破擦化
破裂音の閉鎖を開放するときには、調音器官は完全に閉鎖した状態から、少し隙間のできた状態を経て、隙間の広い状態へと変化します。閉鎖を開放する速度がゆっくりだと、少し隙間のできた途中の段階で摩擦音が作られるので、破裂音のすぐあとに摩擦音を伴って聞こえます。これを破擦化(はさつか)といって、破擦化した破裂音を破擦音(はさつおん)といいます。
破擦音は、破裂音の調音が終わってから摩擦音が調音されるわけではなく、破裂音に摩擦音の調音が同時に加わった音なので、IPAでは二重調音のように、破裂音と摩擦音の記号を [p͡f]、[t͜s]、[d͜z] のように [ ͜ ] や [ ͡ ] で結んで表わすことがあります。
その他の閉鎖の開放のしかた
ふつうの破裂音では、口腔内の真ん中で調音器官の隙間ができて閉鎖が開放されますが、違った開放のしかたがあります。
側面開放(そくめんかいほう)は、口腔内の真ん中の部分は閉鎖を作ったままで、その脇に隙間をあけて空気を開放するものです。破裂音のあとに [l] のような側音が続くときに、側面開放が行なわれることがあります。IPAでは [dˡ] のように、子音の右肩に [ ˡ ] を付けて表わします。
鼻腔開放(びこうかいほう)は、口腔内の閉鎖はそのままにしながら、口蓋帆を下げて鼻腔に空気を流して開放するものです。破裂音のあとに鼻音が続くときに、鼻腔開放が行なわれることがあります。IPAでは [tⁿ] のように、子音の右肩に [ ⁿ ] を付けて表わします。
無開放閉鎖(むかいほうへいさ)は、破裂音の閉鎖の持続まで行なって調音を終えて、閉鎖を開放しないものです。IPAでは [p̚] のように、子音の右肩に [ ̚ ] という記号を付けて表わします。英語では、actのように破裂音が連続すると、1つめの破裂音は無開放閉鎖となって [ˈæk̚t] と発音されます。
別の調音器官を使って音質を変える二次的調音
硬口蓋化
硬口蓋音以外の子音を調音するときに、同時に前舌面を硬口蓋に向かって持ち上げて調音することを硬口蓋化(こうこうがいか)といいます。ロシア語に代表されるスラヴ語派の言語の一部には、「軟音」とよばれる子音があって、これは硬口蓋化された子音のことです。IPAでは [kʲ]のように、子音の右肩に [ ʲ ] を付けて表わします。
軟口蓋化
軟口蓋音以外の子音を調音するときに、同時に後舌面を軟口蓋に向かって持ち上げて調音することを軟口蓋化(なんこうがいか)といいます。IPAでは [lˠ] のように、子音の右肩に [ ˠ ] を付けて表わします。
咽頭化
子音を調音するときに、同時に舌根部分を咽頭壁に近づけて調音することを咽頭化(いんとうか)といいます。IPAでは [sˤ] のように、子音の右肩に [ ˤ ] を付けて表わします。
喉頭化
子音を調音するときに、声門を締め付けて、きしみ声という状態で調音することを喉頭化(こうとうか)といいます。IPAでは [d̰] のように、子音に [ ̰ ] を付けて表わします。
また、広い意味では、喉頭を緊張させて調音することを喉頭化とよぶことがあります。
円唇化
子音を調音するときに、同時に唇を丸めて調音することを円唇化(えんしんか)または唇音化(しんおんか)といいます。IPAでは [kʷ] のように、子音の右肩に [ ʷ ] を付けて表わします。
鼻音化
鼻音以外の子音を調音するときに、鼻腔に気流が抜けるように調音することを鼻音化(びおんか)といいます。IPAでは [z̃] のように、子音の上に [ ̃ ] を付けて表わします。
無声化と有声化
有声音を調音するときに、声帯の振動がなくなることを無声化(むせいか)といいます。IPAでは、子音の下に [ ̥ ] または上に [ ̊ ] を付けて、[z̥] や [ɡ̊] のように表わします。
逆に、無声音を調音するときに、声帯の振動が加わることを有声化(ゆうせいか)といいます。IPAでは [k̬] のように、子音に [ ̬ ] を付けて表わします。
二重調音や二次的調音については、次の記事でも説明しています。
非肺気流による子音
これまで、肺で気流を作り出して調音する、ふつうの子音を見てきました。ここで、それ以外の非肺気流による子音について説明します。喉頭気流による子音(放出音、入破音)と、軟口蓋気流による子音(吸着音)があります。
喉頭気流による子音
喉頭気流(こうとうきりゅう)は、肺ではなく、喉頭を使って作り出される気流です。喉頭気流を作り出すには2つの方法があります。
まず、両唇や歯茎、軟口蓋などの調音器官を閉じます。加えて、声帯も閉じることによって、声道内の2か所を閉鎖します。この2か所の間に閉じられた空間ができます。ここまでは、2つの方法で共通です。
1つめの方法は、ここで声帯を閉じたまま、喉頭全体を上に動かします。すると、閉じ込められた空気の圧力が高くなり、口腔内の閉鎖(両唇や歯茎、軟口蓋など)が破られて、空気が開放されます。その結果、口腔内から外へと空気が流れ出ます。このようにして調音される子音を放出音(ほうしゅつおん)といいます。
一方、2つめの方法は、声帯を閉じたまま、喉頭全体を下に動かします。すると、閉じ込められた空気の圧力が低くなり、口腔内の閉鎖(両唇や歯茎、軟口蓋など)が破られます。このとき、声門がわずかに開いて、肺からの気流も口腔内に流れます。このため、空気が外から口腔内へと流れ込むことはほとんどありません。このようにして調音される子音を入破音(にゅうはおん)といいます。
放出音
放出音が調音されるときには、口腔内では破裂音や摩擦音が発せられます。鼻腔に空気は抜けないため、鼻音になりません。また、喉頭が上に動くとき、声帯は閉じていて振動しないため、有声音にはなりません。国際音声記号(IPA)では、破裂音や摩擦音の記号の右肩に [ ʼ ] を付けて表わします。
入破音
入破音が調音されるときには、口腔内では破裂音が発せられます。鼻腔に空気は抜けないため、鼻音にはなりません。また、喉頭が下に動くとき、声門がわずかに開いて、肺からの気流が少しだけ声門を通過して声帯が振動するため、有声音となることが多いようです。IPAでは、入破音に個別の記号が割り振られていて、[ɓ]、[ɗ] のように、有声破裂音の記号を変形した形をしています。
軟口蓋気流による子音
軟口蓋気流(なんこうがいきりゅう)は、肺ではなく、舌と軟口蓋を使って作り出される気流です。まず、両唇や歯茎などの調音器官を閉じます。加えて、後舌面と軟口蓋を近づけて閉鎖することによって、口腔内の2か所を閉鎖します。この2か所の間に閉じられた狭い空間ができます。
ここで軟口蓋を閉じたまま、舌の中央部分を下へずらして動かすと、空間の中の気圧が低くなって、前方の閉鎖が破れ、外から中へ空気が入り込みます。このようにして調音される子音を吸着音(きゅうちゃくおん)といいます。
吸着音
吸着音を調音するときには、外から吸い込まれる気流の通り道に2種類があります。気流が口腔内の真ん中を通るものを中線的吸着音、ふつうは単に吸着音といいます。また、舌先が歯茎などに接触していて、その両脇を気流が通るものを側面的吸着音、ふつうは側面吸着音(そくめんきゅうちゃくおん)といいます。
吸着音は軟口蓋より前方の空間で作られるため、喉頭から鼻腔にかけての空間とは独立しています。このため、吸着音を調音するときに、同時に肺から気流を流して声帯を振動させたり、鼻腔で共鳴させたりすることができます。したがって有声音や鼻音にもなり得ます。
IPAでは、吸着音に個別の記号が割り振られていて、無声音の吸着音を表わします。また、吸着音は常に軟口蓋が閉鎖されるので、軟口蓋音との同時調音であると考えることができます。同時調音であることを明確に表わしたいときは、軟口蓋音の記号である [k]、[ɡ]、[ŋ] と組み合わせて表わすことがあります。
放出音、入破音、吸着音については、次の記事でも説明しています。
母音
母音の音色の違いを作り出しているのは、ほとんどが舌と唇の特徴です。このため、舌の高さ、舌の前後、唇の丸めの有無、の3つの基準で母音を分類します。また、これとは別に、音声学では、第1次基本母音、第2次基本母音のように、基本的な母音を分類することがあります。
母音を分類するための3つの基準とは
母音を調音するときは、肺から流れてきた気流は、調音器官によってほとんど妨げられずに声道を通過します。このため、母音の音色の違いは、声道、とくに咽頭や口腔の形の違いによって生まれます。声道の形の違いを作り出しているのは、主に舌と唇です。このため舌と唇の特徴に着目して、母音を分類します。
口を開けた状態で、舌を持ち上げると口腔の中が狭くなり、舌を低い位置に保つと口腔の中が広くなります。舌の高さによって母音の音色が変わるので、口腔の中で舌がどれくらいの高さまで持ち上がっているかが、母音を分類する基準の一つになります。
また、舌を持ち上げるときには、口腔の中の前の方で持ち上げたり、後ろの方で持ち上げたりすることができます。この違いによって、口腔内の空間の形が変わって母音の音色が変わります。このため、舌の一番高くなっている部分が前にあるか後ろにあるかも、母音を分類する基準の一つになります。
舌の形が同じでも、唇をすぼめて丸めるか、丸めたりしないで広く開けたり、横に引いたりするかによっても、口から出ていく気流に影響を与えて、母音の音色が変わります。このため、唇を丸くすぼめるかどうかも、母音を分類する基準の一つです。
まとめると、次の3つが母音を分類する基準として広く使われています。
国際音声記号での母音の分類
国際音声記号(IPA)では、この3つの基準で分類した母音の中から、最も基本的な母音を8個、次に基本的な母音として10個、これらの母音では表せないその他の母音10個、の28個の母音が定義されています。
第1次基本母音
まず、唇を丸めずに横に引くようにします。そして口腔の中で舌をできるだけ高く、しかし近づけすぎて摩擦音が発生しない程度に、上あごに近づけます。さらに上あごに近づけた舌の位置を、できるだけ口の前の方に動かします。この状態で調音される母音を [i] とします。前舌が硬口蓋に近づいた状態です。
この状態から、舌の位置はずっと前に保ったまま、口を大きく開けると、[a] の母音になります。それから、口を大きく開けたまま、なおかつ口腔内に広い空間を保ったまま、舌だけをこれ以上は下がらない位置まで後ろへずらします。これを [ɑ] とします。
次に舌の位置は後ろのままで、後舌を高く持ち上げて、口腔内を狭くします。しかも唇を思い切り丸めます。すると [u] の母音になります。
ここまでで、舌の高低と前後の位置が両極端な4つの母音が決まりました。[u] だけが唇を丸めた母音です。
次に、[i] に戻って、もう一度 [a] まで変化させる途中に、口の開き具合を3等分した位置に母音を決めて、これを [e] と [ɛ] とします。同じように、[u] から [ɑ] に向かって口を開けていって、口の開き具合を3等分した位置の母音を、[o] と [ɔ] と決めます。どちらも唇を丸めた母音です。
これで、舌の位置が前側の母音4つ、後ろ側の母音4つの計8つの母音が決まりました。これらを、第1次基本母音といいます。
IPAではこれらの母音を、次の母音四角形の形でまとめています。これは、左を向いた人の口腔の断面を概念的に表わしています。例えば [i] の母音は、舌を口の前の方で高く持ち上げて発音するので、図の左上に [i] と表示されています。また、黒点の左側の記号は唇を丸めない非円唇母音、右側の記号は唇を丸める円唇母音です。
(CC BY-SA)2020 IPA をもとに、Gen語学.com が改変
第2次基本母音
それぞれの第1次基本母音について、唇の丸めの有無を反対にした母音が第2次基本母音です。つまり、[i]、[e]、[ɛ]、[a]、[ɑ] を唇を丸めて調音する母音を、それぞれ [y]、[ø]、[œ]、[ɶ]、[ɒ] とします。また、[ɔ]、[o]、[u] を唇を丸めずに調音する母音を、それぞれ [ʌ]、[ɤ]、[ɯ] とします。
また、口の開きが狭く、舌の位置が [i] と [ɯ] の中間の母音を [ɨ]、それを唇を丸めて調音する母音を [ʉ] として、この2つも第2次基本母音に加えます。
これらの第2次基本母音を母音四角形の上に並べると、次のようになります。黒点の左側の記号は唇を丸めない非円唇母音、右側の記号は唇を丸める円唇母音です。
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その他の母音
実際の言語で使われる母音を書き表すときに便利なように、第1次、第2次基本母音の他に、次のような母音が定義されています。
[a] よりも少し狭く、[ɛ] よりは広い母音を [æ] とします。[ɪ] と [ʊ] は、それぞれ [i] と [u] を、口や舌の緊張を緩めて発音した母音です。舌の高さがやや低く、また、前後の位置も中央寄りに変化しています。[ɪ] を唇を丸めて調音、または [y] を緊張を緩めて発音した母音が [ʏ] です。
この他に、中舌母音に分類される母音が多く定義されています。まず、舌の最も高くなる位置が上下、前後ともに中央付近の母音を [ə] とします。また、舌の位置が [a] と [ɑ] の間くらいで、やや緊張が緩んで少し狭くなった母音が [ɐ] です。
それから母音四角形の上で、中舌で、口の開きを3等分した位置の母音が空欄になっていました。ここに、口の開きがやや狭い [ɘ]、[ɵ] と、やや広い [ɜ]、[ɞ] の4つの母音が定義されています。それぞれ後ろの記号が円唇母音です。
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すべての母音を並べると
これで、第1次基本母音8個、第2次基本母音10個、その他母音10個の28個すべての母音がそろいました。これらを母音四角形の上に並べると次のようになります。この図では、唇を丸めずに調音する非円唇母音を赤色で、唇を丸めて調音する円唇母音を青色で表わしています。
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それぞれの母音の呼び方
舌の一番高くなる部分の前後の位置に関しては、「前舌」、「中舌」、「後舌」と大きく分類します。また、舌の高さは、口腔内の広さと考えて、「狭」、「半狭」、「半広」、「広」の4つに分かれています。また、「狭」と「半狭」の間を「広めの狭」、「半広」と「広」の間を「狭めの広」、「半狭」と「半広」の間、つまり全体の中間の広さを「中央」と呼んだりしますが、研究者によって呼び方が異なるようです。
これに、唇の丸めについて「非円唇」、「円唇」の分類を加えて、それぞれの母音を言い表します。例えば、[i] は「非円唇前舌狭母音」ですし、[o] は「円唇後舌半狭母音」と表せます。
実際の言語では、これらの記号が書かれた位置以外の、多くの母音を発することができます。そのような母音を書き表すには、もっとも近いと思われる記号を使ったり、補助的な記号を使ったりします。
次の記事で、母音についてもっと詳しく説明しています。
母音のさまざまな調音
母音は、基本的な調音方法に加えて、同時に付加的な調音が行なわれることがあります。二重母音や鼻音化などの付加的な調音について説明します。
長母音と短母音
母音の調音の最初から最後まで、調音器官が同じ構えをしていて、同じ音色が続くものを単母音といいます。単母音は、長くも短くも発音できますが、母音の持続時間の長さの違いが、音声を区別する上で重要なときは、これを長母音(ちょうぼいん)、短母音(たんぼいん)として分類します。
国際音声記号(IPA)では、通常より長い音声を表わすために長 [ ː ] と半長 [ ˑ ] の記号があって、[eː]、[eˑ] のように母音の後に付けます。また、通常より短い音声を表わすために超短 [ ̆ ] の記号があって、[ĕ] のように母音の上に付けます。
二重母音と連母音
単母音に対して、調音の途中で調音器官の位置が変化して、最初の音色とは違う音色で終わる母音を二重母音(にじゅうぼいん)といいます。最初の母音から、なめらかに連続して最後の母音へ変化するのが特徴です。また、二重母音は、別々の音節ではなく一つの音節を構成していると考えます。ですから二重母音は、調音の途中で音色が変化しますが一つの母音です。
IPAでは、2つの母音を並べて書けば二重母音を表せます。特に二重母音であることを明確に表わしたいときは、2つの母音のうちで発音が際立っていない母音の下に、非音節主音を表わす [ ̯ ] の記号を付けて、[aɪ̯] や [i̯a] のように表わします。調音器官の位置が、途中で2回変化すれば、[u̯aɪ̯] のように三重母音となります。
母音を調音するときに、調音器官の位置が急激に変化して、別々の2つの母音がただ連続しただけになったものを連母音(れんぼいん)といいます。IPAで連母音であることを明確に表わしたいときは、音節境界の記号 [ . ] を使って [a.i] のように表わします。連母音を構成する2つの母音は、それぞれ別の音節に属するのです。
日本語では、二重母音も連母音も現われますが、ゆっくりとした丁寧な発音では、「家」[i.e] のように連母音が現われやすくなります。
鼻音化
母音を調音するときに、同時に口蓋帆が下がって気流が鼻腔に抜けることを鼻音化(びおんか)といいます。また、鼻音化された母音を鼻母音(びぼいん)と呼びます。IPAでは、母音に [ ̃ ] を付けて [ɑ̃] のように表わします。
R音化
母音を調音するときに、舌尖が上に反り返ったり、舌が盛り上がったりすると同時に、舌根が後ろへ下がって咽頭との間が狭くなり、rの音のような音色が付け加わることをR音化(Rおんか)といいます。また、このRの音ような音色をR音性と呼びます。IPAでは、母音に [ ˞ ] を付けて [ə˞] のように表わします。
無声化
母音は基本的に、声帯が振動して発音される有声音ですが、声帯を振動させずに発音することがあって、これを無声化(むせいか)といいます。このとき、母音を調音する舌や唇の構えのまま、肺からの気流が口腔の中でほとんど妨げられずに通過します。IPAでは、母音の下に [ ̥ ] を付けて [i̥] のように表わします。
有声であるはずの母音が無声化すれば、母音が脱落したと言うことができます。また、気流が妨げられないとはいっても、何も音を出さずに通過するのではなく、前後に置かれた子音の摩擦音が発せられることがあり、その場合、無声化した母音の実態は無声摩擦音ともいえます。
なお、無声化した母音の前に来る子音は、あとに続く母音の口構えの影響を受けて調音されるため、硬口蓋化したり、円唇化したりすることがあります。このような子音の調音の違いがあるため、母音が無声化されてほとんど発音されなくても、単語の意味を区別することができます。
さまざまな母音の調音については、次の記事でも説明しています。
国際音声記号(IPA)
これまで、いろいろな説明してきたようなさまざまな音声を表すための国際音声記号について説明します。
音声記号は、音声を表記するための特別な表記体系のことです。世界的には、国際音声記号(International Phonetic Alphabet; IPA)が多く使われていて、省略してIPAと呼ばれます。
IPAは、世界中の多種多様な言語の音声を子音と母音の2種類に大きく分けて、それぞれを調音の仕方によって細かく分類して、その一つ一つの音声に記号を割り当てたものです。
子音の一覧
子音は、肺気流による子音、非肺気流(喉頭気流と軟口蓋気流)による子音、その他の子音の3つに分かれています。
肺気流による子音
肺の働きによって気流を発動する肺気流による子音は、もっとも一般的な子音です。これらの子音は、調音される場所と、調音される方法によって分類できます。IPAではこの分類に従って、調音の場所を横に、調音の方法を縦に並べた表の形で、子音の記号を並べています。
調音の場所による分類は、両唇音、唇歯音、歯音、歯茎音、後部歯茎音、そり舌音、硬口蓋音、口蓋垂音、喉頭音、声門音の11種類が並べられています。先ほどの説明では、13種類の調音の場所を説明しましたが、この内の歯茎硬口蓋音と喉頭蓋音はIPAの肺気流の表には載っていません。この2種類の子音は、その他の記号の欄に掲載されています。
調音の方法による分類は、破裂音、鼻音、ふるえ音、たたき音またははじき音、摩擦音、側面摩擦音、接近音、側面接近音の8種類に区分されています。
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表の枠内で記号が対になっているのは、左側が無声音、右側が有声音を表わします。また、網掛け部分は、調音することが不可能だと考えられていることを表わします。
非肺気流による子音
肺以外を使って気流を作り出す非肺気流による子音は、軟口蓋気流による吸着音、喉頭気流による有声入破音と放出音の3つに分けられています。IPAには次の子音が掲載されています。
これらの子音については、次の記事で説明していますので参考にしてください。
その他に分類された子音
肺気流による子音と非肺気流による子音のどちらの表にも掲載されなかった子音が、その他の記号の欄に並んでいます。具体的には、次の子音です。
またここには、破擦音と二重調音は、必要な場合は連結記号でつないだ2つの記号で表わすことができることが書かれていていて、[t͜s] と [k͡p] が例に挙げられています。
母音の一覧
母音は、舌の最も高くなる位置に着目して、それが前か後ろか、高いか低いかを基準にして分類できます。さらに、唇を丸めて調音するかどうかでも区別されます。この3つの分類基準に基づいて、母音四角形の上に母音記号を並べて、母音の種類を表わしています。母音四角形では、舌の前後と高低を、それぞれ左右と上下で表わし、唇の丸めの有無を黒点の左右の位置で区別しています。下の図では、唇を丸めずに調音する非円唇母音を赤色で、唇を丸めて調音する円唇母音を青色で表わしています。
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記号類の一覧
補助記号の一覧
子音と母音の発音をさらに変化させるような調音を表わすために、次に示すような補助記号が決められています。
̥ | 無声 | ̤ | 息もれ声 | ̪ | 歯音 |
---|---|---|---|---|---|
̬ | 有声 | ̰ | きしみ声 | ̺ | 舌尖音 |
ʰ | 有気音 | ̼ | 舌唇音 | ̻ | 舌端音 |
̹ | 強い円唇化 | ʷ | 唇音化 | ̃ | 鼻音化 |
̜ | 弱い円唇化 | ʲ | 硬口蓋音化 | ⁿ | 鼻腔開放 |
̟ | 前寄り | ˠ | 軟口蓋音化 | ˡ | 側面開放 |
̠ | 後ろ寄り | ˤ | 咽頭化 | ̚ | 無開放閉鎖 |
̈ | 中舌化 | ̴ | 軟口蓋音化または咽頭化 | ||
̽ | 中央化 | ̝ | 上寄り | ||
̩ | 音節主音 | ̞ | 下寄り | ||
̯ | 非音節主音 | ̘ | 舌根前進 | ||
˞ | R音性 | ̙ | 舌根後退 |
なお、下に長い文字の下に補助記号をつけるときは、文字の上に記号を付けてもよいことになっています。ですから [ŋ] に [ ̥ ] を付けるときは [ŋ̊] としてもよいのです。
超分節音などを表わす記号の一覧
複数の音声をまとまりとして考えたときの特徴を表わすために、超分節音を表わす記号が用意されています。
音声の長さ
超分節音ではありませんが、音声の長さを表わす記号が決められていて、長さを区別することが重要なときに使われます。子音でも母音でも長さの違いを表わすことができますが、[e] を例にすると、短い音声から長い音声へ、超短 [ĕ]、通常 [e]、半長 [eˑ]、長 [eː] と表わすことができます。必要な場合にはさらに、超長 [eːː] と表わすことも可能です。
アクセント
言語によっては、音声の高さの違いによって単語を区別します。また、音声の強さの違いによって単語を区別する言語もあります。単語の中で、音声の高さ(ピッチ)や強さ(ストレス)を相対的に変えることによって単語を区別する決まり事をアクセントと呼びます。
アクセントの種類を分類するには、いくつかの考え方があるようですが、ここでは、ストレスアクセント、ピッチアクセント、トーンの3つに分類することにします。
トーンには、それぞれの音節に高さの変化パターンがある曲線トーンと、それぞれの音節の高さは一定で、音節どうしの相対的な高さのレベルが決まっている段位トーンに分けられます。
IPAでは、アクセントの記号を次のように決めています。ストレスアクセントは、主となるストレスが置かれる音節の前に [ ˈ ]、二次的なストレスの置かれる音節の前に [ ˌ ] を付けて表わします。
トーンを表わす記号には2種類の表記があります。一つは、[é] のように文字の上に符号を付けるものです。もう一つは、[˩˥] のように、縦棒の左側に相対的な音の高さを表わす記号を添えて、図として表わした記号です。
段位トーン | 曲線トーン | ||||
---|---|---|---|---|---|
̋ | ˥ | 超高 | ̌ | ˩˥ | 上昇 |
́ | ˦ | 高 | ̂ | ˥˩ | 下降 |
̄ | ˧ | 中 | ᷄ | ˧˥ | 高上昇 |
̀ | ˨ | 低 | ᷅ | ˩˧ | 低上昇 |
̏ | ˩ | 超低 | ᷈ | ˦˥˦ | 上昇下降 |
また、段位トーンにおいて、本来の高さよりも低く発音するダウンステップ [ ꜜ ]、反対に高く発音するアップステップ [ ꜛ ] も定義されていて、高さが変化する直前にこれらの記号を付けます。ダウンステップの記号は、直前の音節がピッチアクセントであることを表わすのにも使うことができます。
音節境界など
音節の境界を示すことが必要なときは、[ɹi.ækt] のように [ . ] で表わします。単語の境界はふつうスペースを空けて表わしますが、単語境界が音声として連結しているときは [ ‿ ] の記号を使って表わすことができます。例えばフランス語の petit ami を [pətit‿ami] のように表せます。
語をまたいだ節や文全体について、音声のピッチの変化を表わすために、全体的上昇 [↗] や全体的下降 [↘] という記号が用意されています。文のイントネーションを表わすときに使われます。この場合、イントネーションの境界を [ ‖ ]、それよりも小さな境界を [ | ] で表わします。
精密音声表記と簡略音声表記とは
これまでの説明で使ってきたように、音声記号は [ ] に入れて表します(図や表の中では省略しています)。音声表記の細かさ、精密さには相対的な段階があって、精密音声表記と簡略音声表記と呼ばれます。
精密音声表記は、より細かな発音の違いをとらえて表わした表記です。精密さの程度には、さまざまな段階があって、精密になればなるほど補助記号などの特別な記号が必要となります。
一方、簡略音声表記は、細かな発音の特徴は無視して簡単に表わした表記です。ある言語の音声を記述するためには、ふつうの目的には簡略音声表記で十分です。もっとも簡略なものは、その言語において意味を区別するのに必要最小限の記号を用いた表記となります。これは音素表記と近いものになります。
IPAがあれば、世界中の音声を表せるのではないかと錯覚してしまいがちですが、決して完全なものではありません。物理的に連続した無限の音声を、無理を承知で有限の記号で表したものだということに注意する必要があります。
国際音声記号については、次の記事でも説明しています。
音声学と音韻論
音声学と深いつながりがあるのが音韻論です。ここでは音韻論で扱う音素について説明します。
音声学と音韻論はどちらも、ことばによるコミュニケーションに使われる音声について研究する学問です。しかし、音声に対するアプローチの仕方がまったく異なります。
音声学は、言語に使われる音声そのものを細かく観察して記述するものです。一方、音韻論は、音声の違いがことばの意味を区別するのに役立っているかどうかと言う観点に立って、音声をある特定の言語の体系において考えるものです。
音声学で考える音声の最小単位は、単音または分節音といって、その音を [ ] に入れて表わします。音韻論で考える最小単位は、音素といって、その音を / / に入れて表わします。音素が、現実の音声として発音されて実現したものを異音といいます。
音素をどのように分析するか
音素は、ある特定の言語について考えるものです。ある言語Aにおいて考えられた音素 /e/ を、別の言語Bで使われる /e/ と直接比較することに意味はありません。言語Aの音素 /e/ と言語Bの音素 /e/ は、たまたま同じ記号 /e/ で記述されているだけであって、同じ音声であるとは限らないのです。
ある言語にどのような音素がいくつあるのかは、一定の手順によって分析した結果はじめて分かるものです。同じ言語を扱っていても、研究者によって分析方法が違うと、音素の種類や数が異なることがあります。
音素の分布と異音
音素の分析方法として重要なものは、音声の違いが意味を区別するのに働くかどうかによるものです。
ある2つの音声が、同じ音声的環境に現われることがあって、どちらの音声を使うかによって意味が異なる場合があります。言い方を変えると、2つの音声は意味の区別に役立っていると言えます。これを対立的分布といいます。同じ環境に現われる、つまり、同じように分布する2つの音声が、意味の対立をもたらすということです。この場合、2つの音声は別の音素であると考えます。
また、ある2つの音声が、同じ音声的環境に現われることがあるけれども、どちらの音声を使っても意味の区別に関係しない場合があります。このような2つの音声を自由異音といいます。この場合、2つの音声は同じ音素であると考えます。
一方、ある2つの音声が、そもそも同じ音声的環境には表われない場合があります。つまり2つの音声を取り替えることができません。2つの音声は、もちろん意味の区別には関係しません。同じ環境に現われない、つまり分布が重ならずに、互いに補い合う分布をしているので、相補的分布といいます。そしてこの2つの音声は条件異音といいます。この場合も、2つの音声は同じ音素に属すると考えられます。
2つの音声が同じ環境に | ||
---|---|---|
現われる | 現われない | |
意味の区別に関係する | 対立的分布 | |
意味の区別に関係しない | 自由異音 | 相補的分布 |
1か所だけ音声が違っていて、意味が区別される、つまり、対立している単語のペアを最小対語(さいしょうついご)またはミニマルペアと呼びます。音素の分析は、最小対語があるかどうかを探すことが基本となります。
弁別的特徴と余剰的特徴
音素を分析するときには、分布のしかたの他にも重要な条件があります。それは、同じ音素に属する音声は、音声的に似た特徴をもっている必要があるというものです。2つの音声が自由異音だったり条件異音であっても、似ても似つかない音声どうしを同じ音素とするのは無理があるということです。では、2つの音素が似ているかどうかはどのように判断すればよいでしょうか。
音素はそれ以上分解できない最小単位ではありますが、それぞれの音素はいくつかの特徴を合わせもっています。たとえば、子音であれば、有声音か無声音か、帯気音か非帯気音か、口音か鼻音か、などです。このような特徴の違いを、それぞれ、有声性の有無、帯気音性の有無、鼻音性の有無、というように、音声的特徴の有無によって表わすことができます。
これらの音声的特徴のうち、意味の区別に関係する特徴を弁別的特徴、関係しない特徴を余剰的特徴といいます。
音素分析の簡単な例
例として、日本語の「怪我」を考えましょう。この発音は現在では [keɡa] が一般的でしょう。しかし [keɣa] のように摩擦音になったり、[keŋa] のように鼻音になることもあります。では /ɡ/ /ɣ/ /ŋ/ という別々の音素があるのでしょうか。
この例では、それぞれの子音を取り替えても意味の違いには関係しません。つまり、これらは自由異音であるといえるので、同じひとつの音素 /ɡ/ に属すると考えます。念のため音声的特徴を見ておきます。/ɡ/ は有声軟口蓋破裂音、/ɣ/ は有声軟口蓋摩擦音、/ŋ/ は(有声)軟口蓋(破裂)鼻音ですね。どれも有声の軟口蓋音という共通の特徴をもっています。/ɡ/ は、破裂音と摩擦音という調音の方法の違い(同じ阻害音の継続性の有無と言ったりします)から /ɣ/ と区別され、口音と鼻音の違い(鼻音性の有無)から /ŋ/ と区別されます。
音素、音声、文字の関係を意識しましょう
話者の頭の中にある音素、実際に発音される音声、そして、それを記述する文字、これら3つの関係を意識して、これらをしっかりと区別して学習すると、語学をより深く楽しく学べると思います。
次の記事では、もう少し具体例を挙げながら音素について説明しています。
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