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音声学と音韻論、音声と音素の違い【語学を楽しむための音声学】

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音声学と深いつながりがあるのが音韻論です。音韻論で扱う音素について説明します。音素を知って、音声との違いを理解することで、語学を一層楽しむことができます。

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音声学と音韻論の違い

音声学と音韻論はどちらも、ことばによるコミュニケーションに使われる音声について研究する学問です。しかし、音声に対するアプローチの仕方がまったく異なります。

音声学は、言語に使われる音声そのものを細かく観察して記述するものです。一方、音韻論は、音声の違いがことばの意味を区別するのに役立っているかどうかと言う観点に立って、音声をある特定の言語の体系において考えるものです。

音声学で考える音声の最小単位は、単音または分節音といって、その音を [ ] に入れて表わします。音韻論で考える最小単位は、音素といって、その音を / / に入れて表わします。音素が、現実の音声として発音されて実現したものを異音といいます。

音素をどのように分析するか

音素は、ある特定の言語について考えるものです。ある言語Aにおいて考えられた音素 /e/ を、別の言語Bで使われる /e/ と直接比較することに意味はありません。言語Aの音素 /e/ と言語Bの音素 /e/ は、たまたま同じ記号 /e/ で記述されているだけであって、同じ音声であるとは限らないのです。

ある言語にどのような音素がいくつあるのかは、一定の手順によって分析した結果はじめて分かるものです。同じ言語を扱っていても、研究者によって分析方法が違うと、音素の種類や数が異なることがあります。

例えば、ロシア語の母音音素はいくつあるのか、というような基本的なことでさえ、研究者によって考え方が違っていて、/a/ /e/ /o/ /u/ /i/ /ɨ/ の6つだとしたり、/i//ɨ/ は同じ音素のバリエーションなので5つだとしたりします。

補足

ロシア語の母音音素は /a/ /e/ /o/ /u/ /i/ の5つであるとする考え方が主流のようです。もちろん /i//ɨ/ が同じ音素だとしても、実際の発音は [i][ɨ] のように違うものです。文字では и と ы で表わされますね。音素 /i/ が現われる前後の環境によって発音が変わるのです。

音素の分布と異音

音素の分析方法として重要なものは、音声の違いが意味を区別するのに働くかどうかによるものです。

ある2つの音声が、同じ音声的環境に現われることがあって、どちらの音声を使うかによって意味が異なる場合があります。言い方を変えると、2つの音声は意味の区別に役立っていると言えます。これを対立的分布といいます。同じ環境に現われる、つまり、同じように分布する2つの音声が、意味の対立をもたらすということです。この場合、2つの音声は別の音素であると考えます。

また、ある2つの音声が、同じ音声的環境に現われることがあるけれども、どちらの音声を使っても意味の区別に関係しない場合があります。このような2つの音声を自由異音といいます。この場合、2つの音声は同じ音素であると考えます。

一方、ある2つの音声が、そもそも同じ音声的環境には表われない場合があります。つまり2つの音声を取り替えることができません。2つの音声は、もちろん意味の区別には関係しません。同じ環境に現われない、つまり分布が重ならずに、互いに補い合う分布をしているので、相補的分布といいます。そしてこの2つの音声は条件異音といいます。この場合も、2つの音声は同じ音素に属すると考えられます。

音素の分布の考え方
2つの音声が同じ環境に
現われる現われない
意味の区別に関係する対立的分布
意味の区別に関係しない自由異音相補的分布

1か所だけ音声が違っていて、意味が区別される、つまり、対立している単語のペアを最小対語(さいしょうついご)またはミニマルペアと呼びます。音素の分析は、最小対語があるかどうかを探すことが基本となります。

弁別的特徴と余剰的特徴

音素を分析するときには、分布のしかたの他にも重要な条件があります。それは、同じ音素に属する音声は、音声的に似た特徴をもっている必要があるというものです。2つの音声が自由異音だったり条件異音であっても、似ても似つかない音声どうしを同じ音素とするのは無理があるということです。では、2つの音素が似ているかどうかはどのように判断すればよいでしょうか。

音素はそれ以上分解できない最小単位ではありますが、それぞれの音素はいくつかの特徴を合わせもっています。たとえば、子音であれば、有声音か無声音か、帯気音か非帯気音か、口音か鼻音か、などです。このような特徴の違いを、それぞれ、有声性の有無、帯気音性の有無、鼻音性の有無、というように、音声的特徴の有無によって表わすことができます。

これらの音声的特徴のうち、意味の区別に関係する特徴を弁別的特徴、関係しない特徴を余剰的特徴といいます。

音素分析の簡単な例(1)

日本語の「避ける」と「下げる」を考えてみましょう。ふつう [sakerɯ][saɡerɯ] のような音声で発音されます。[ɯ] という音声を /u/ という音素で表わすことにすると、/sakeru//saɡeru/ のように音素で表せそうです。/k//ɡ/ はどちらも /sa//eru/ の間にあるので、同じ音声的環境に置かれています。つまり、同じ音声的環境に現われる /k//ɡ/ を入れ換えると意味が変わるので、対立的分布をしていると考えられます。音声的特徴は、/k/ は無声軟口蓋破裂音、/ɡ/ は有声軟口蓋破裂音です。有声性の違いがあるほかは、同じ特徴をもっています。したがって、有声性が弁別的特徴として現われています。これらのことから、/k//ɡ/ は別の音素であると考えます。

音素分析の簡単な例(2)

別の例として、日本語の「怪我」を考えましょう。この発音は現在では [keɡa] が一般的でしょう。しかし [keɣa] のように摩擦音になったり、[keŋa] のように鼻音になることもあります。では /ɡ/ /ɣ/ /ŋ/ は別々の音素でしょうか。この例では、それぞれの子音を取り替えても意味の違いには関係しません。つまり、これらは自由異音であるといえるので、同じひとつの音素 /ɡ/ に属すると考えます。念のため音声的特徴を見ておきます。/ɡ/ は有声軟口蓋破裂音、/ɣ/ は有声軟口蓋摩擦音、/ŋ/ は(有声)軟口蓋(破裂)鼻音ですね。どれも有声の軟口蓋音という共通の特徴をもっています。/ɡ/ は、破裂音と摩擦音という調音の方法の違い(同じ阻害音の継続性の有無と言ったりします)から /ɣ/ と区別され、口音と鼻音の違い(鼻音性の有無)から /ŋ/ と区別されます。

これらの子音の調音の方法については、次の記事を参考にしてください。

≫ 調音の方法による子音の分類

音素分析の簡単な例(3)

相補的分布をなす例も見ておきましょう。日本語の「は、ひ、ふ、へ、ほ」は [ha] [çi] [ɸɯ] [he] [ho] とふつう発音されます。これらの子音は次に来る母音によって、[h] [ç] [ɸ] のどれが発音されるかが決まります。このため相補的分布をなしていて、同じひとつの音素 /h/ であると考えます。これらは、調音の場所が声門、硬口蓋、両唇とかなり違いますが、それ以外の特徴は無声摩擦音で同じです。

日本語の [h] [ç] [ɸ] の分布
次に来る母音
[a][i][ɯ][e][o]
[h]
[ç]
[ɸ]
補足

日本語の「ひゃ」は [ça] と発音するではないかという指摘もあるでしょう。それはその通りですし、[h][ç] を別の音素 /h//ç/ に分析することも可能です。しかし、その言語全体の音の体系として合理的なものとなるように音素を分析するのがふつうです。「ひゃ」のような拗音の子音を独立とした音素 /ç/ としないで、音素 /j/ と組み合わせて /hja/ と分析すると、他の拗音の子音も /kj/ /sj/ /tj/ などとなって、特別な子音音素を分析しなくてもよくなるのです。

音素、音声、文字の関係を意識することが大事

音韻論と音素の考え方について、必要最低限の基礎的な知識を説明しました。音声学では、音声の調音などは物理学的な性格が強く、具体的にイメージしやすいと思います。一方で音韻論は、言語における音声の体系という抽象的な概念が基本になるため、イメージしづらかったのではないでしょうか。ですから、できるだけ具体例を挙げるようにしたつもりです。

音韻論で扱う音素は、その言語の話者が頭の中でイメージしている音と考えると分かりやすいでしょう。それを実際に発音すると、音声学的環境によってさまざまな音声として発音されます。話者の頭の中にある音素、実際に発音される音声、そして、それを記述する文字、これら3つの関係を意識しながらも、これらをしっかりと区別して学習すると、語学をより深く楽しく学べると思います。

参考文献
  • 小泉保(2003)『改訂 音声学入門』大学書林.
  • 斎藤純男(2006)『日本語音声学入門 改訂版』三省堂.
  • 斎藤純男(2010)『言語学入門』三省堂.
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