ロシア語の36個の子音音素の全体像を説明します。これらの子音は、有声子音と無声子音、硬子音と軟子音に分類することができます。
有声子音と無声子音は、ロシア語の子音の音変化(無声化や有声化)を考えるときに重要ですし、子音に硬子音と軟子音のペアが存在することは、ロシア語の大きな特徴のひとつです。
ロシア語の子音
ある言語にどれだけの種類の音があるのかを知るのに、小さな音声の違いを調べることはあまり意味がありません。その言語ではどのような音の種類が、どのような体系を成しているのか、が重要です。この音の種類を音素(おんそ)といいます。音素が違えばことばの意味が違ってしまう、そのような音の違いということもできます。
ロシア語の子音音素は36個です。
/p/, /pʲ/, /b/, /bʲ/, /m/, /mʲ/, /f/, /fʲ/, /v/, /vʲ/, /t/, /tʲ/, /d/, /dʲ/, /n/, /nʲ/, /s/, /sʲ/, /z/, /zʲ/, /r/, /rʲ/, /l/, /lʲ/, /k/, /kʲ/, /g/, /gʲ/, /x/, /xʲ/, /ts/, /ʃ/, /ʒ/, /tɕ/, /ɕː/, /j/
36個という子音の数は、子音音素の数であって、子音文字の数ではありません。複数の子音音素を同じの1つの文字で書き表したり、1つの子音文字が複数の音素を表したりしているため、音素と文字が1対1の対応をしていないことに注意が必要です。
なお、ロシア語のそれぞれの子音の発音については、次の記事で説明していますので参考にしてください。
≫ ロシア語の子音の発音(鼻音、ふるえ音、接近音、側面接近音)
また、ロシア語の文字と発音の関係については、次の記事で説明していますので参考にしてください。
子音の分類
ロシア語の発音を学習する上では、36個の子音を種類ごとに分類して扱うと便利です。子音は次のような方法で分類することができます。
有声子音と無声子音
子音を調音するときに、同時に声帯の振動を伴って発音されるかどうかで分類することができます。声帯の振動を伴った発音を有声子音(ゆうせいしいん)、振動を伴わない発音を無声子音(むせいしいん)といいます。
日本語では、濁音の子音と清音の子音がこの区別に対応していて、有声子音が濁音、無声子音が清音と考えることができます。
36個の子音音素を有声子音と無声子音に分類すると、次のようになります。「硬」は硬子音、「軟」は軟子音を表します。硬子音と軟子音については、次の項目で説明します。
(1)有声子音と無声子音がペア | (2)無声子音のみ | (3)有声子音のみ | ||||||||||||||
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破裂音 | 摩擦音 | 破擦音 | その他 | |||||||||||||
有声子音 | 硬 | /b/ | /d/ | /g/ | /v/ | /z/ | /ʒ/ | /m/ | /n/ | /r/ | /l/ | |||||
軟 | /bʲ/ | /dʲ/ | /gʲ/ | /vʲ/ | /zʲ/ | /mʲ/ | /nʲ/ | /rʲ/ | /lʲ/ | /j/ | ||||||
無声子音 | 硬 | /p/ | /t/ | /k/ | /f/ | /s/ | /ʃ/ | /x/ | /ts/ | |||||||
軟 | /pʲ/ | /tʲ/ | /kʲ/ | /fʲ/ | /sʲ/ | /xʲ/ | /ɕː/ | /tɕ/ |
有声子音と無声子音のペアがあるかどうかは、子音の無声化や有声化といった音変化を考えるときに重要となります。
子音の無声化や有声化については、別の記事で説明します。
硬子音と軟子音
ロシア語の子音は、硬子音(こうしいん)と軟子音(なんしいん)に区別することができます。音声学的には、軟子音は硬口蓋化(こうこうがいか)されて調音される子音のことをいい、硬子音は硬口蓋化されずに調音される子音のことをいいます。
硬口蓋化は音声学の用語で、舌の中程の面(前舌)を上あごの中程(硬口蓋)に近づけた状態で、子音を発音することをいいます。この舌の構えは、母音の [i] を発音するときの構えと似ているので、教科書などでは、「イ」を発音するような口の構えで子音を発音する、と書かれることがあります。
日本語では、普通の子音と拗音の子音の区別に対応していて、硬子音が普通の子音、軟子音が拗音の子音と考えることができます。
音声学的には | 日本語では | |
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硬子音 | 硬口蓋化されていない子音 | 普通の子音(/マ/ の子音など) |
軟子音 | 硬口蓋化された子音 | 拗音の子音(/ミャ/ の子音など) |
36個の子音音素を、硬子音と軟子音の区別に着目して分類すると次のようになります。前項の有声音と無声音の対応表にも、硬子音と軟子音の対応が書かれているので参考にしてください。
(1)硬子音と軟子音のペアがある(24個) | ||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
硬子音 | /p/ | /b/ | /m/ | /f/ | /v/ | /t/ | /d/ | /n/ | /s/ | /z/ | /r/ | /l/ |
軟子音 | /pʲ/ | /bʲ/ | /mʲ/ | /fʲ/ | /vʲ/ | /tʲ/ | /dʲ/ | /nʲ/ | /sʲ/ | /zʲ/ | /rʲ/ | /lʲ/ |
(2)硬子音と軟子音のペアがあるが使い方が特殊(6個) | ||||||||||||
硬子音 | /k/ | /ɡ/ | /x/ | |||||||||
軟子音 | /kʲ/ | /ɡʲ/ | /xʲ/ | |||||||||
(3)硬子音のみで、ペアとなる軟子音がない(3個) | ||||||||||||
硬子音 | /ts/ | /ʃ/ | /ʒ/ | |||||||||
(4)軟子音のみで、ペアとなる硬子音がない(3個) | ||||||||||||
軟子音 | /tɕ/ | /ɕː/ | /j/ |
硬子音と軟子音のペアがある子音では、軟子音に /◌ʲ/ の記号を使っています。国際音声記号で硬口蓋化を表す記号です。教科書によっては /◌ʼ/ の記号を使っているものもあります。
なお、常に軟子音である /tɕ/, /ɕː/, /j/ はそれぞれ、歯茎硬口蓋破裂音、歯茎硬口蓋摩擦音、硬口蓋接近音なので、もともと硬口蓋を使って調音される子音です。ですからこれらの子音をさらに硬口蓋化することはできません。ですから /◌ʲ/ の記号を付けてありません。
硬子音と軟子音の区別は、ロシア語を学習する上でとても重要です。硬子音と軟子音の違いによって、そのあとにくる母音を書き表す文字が違ってきます。また、名詞や形容詞の語幹が硬子音で終わっているか、軟子音で終わっているかの違いによって、それらが格変化するときの形式が変わることがあります。
また、硬子音と軟子音のペアがなかったり、ペアがあっても使い方が特殊な子音については、文字で書き表すときの特別なルールである正書法が決められています。
調音の場所と方法による分類
子音は一般に、調音する場所と方法によって分類することができます。
子音音素の基本的な発音を、国際音声記号の子音一覧表に準じた形でまとめると次の表のようになります。「硬」は硬子音、「軟」は軟子音を表し、灰色の欄は発音が不可能と考えられていることを表します。
両唇音 | 唇歯音 | 歯茎音 | 後部歯茎音 | 歯茎硬口蓋音 | 硬口蓋音 | 軟口蓋音 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
硬 | 軟 | 硬 | 軟 | 硬 | 軟 | 硬 | 軟 | 軟 | 硬 | 軟 | ||
破裂音 | 無声 | /p/ | /pʲ/ | /t/ | /tʲ/ | /k/ | /kʲ/ | |||||
有声 | /b/ | /bʲ/ | /d/ | /dʲ/ | /ɡ/ | /ɡʲ/ | ||||||
破擦音 | 無声 | /ts/ | /tɕ/ | |||||||||
摩擦音 | 無声 | /f/ | /fʲ/ | /s/ | /sʲ/ | /ʃ/ | /ɕː/ | /x/ | /xʲ/ | |||
有声 | /v/ | /vʲ/ | /z/ | /zʲ/ | /ʒ/ | |||||||
鼻音 | /m/ | /mʲ/ | /n/ | /nʲ/ | ||||||||
ふるえ音 | /r/ | /rʲ/ | ||||||||||
接近音 | /j/ | |||||||||||
側面接近音 | /l/ | /lʲ/ |
この表では、調音の場所は表の横方向に並んでいて、両唇音、唇歯音、歯茎音、後部歯茎音、歯茎硬口蓋音、硬口蓋音、軟口蓋音に分類しています。
調音の方法は表の縦方向に並んでいて、破裂音、破擦音、摩擦音、鼻音、ふるえ音、接近音、側面接近音に分類しています。
それぞれの子音音素が、実際にどのような音で発音されるのかについては、次の記事で説明していますので参考にしてください。
≫ ロシア語の子音の発音(鼻音、ふるえ音、接近音、側面接近音)
まとめ
ロシア語の子音について、その概観を説明しました。
有声子音と無声子音の分類は、子音の無声化や有声化といった音変化を考えるときに重要となります。
また、硬子音と軟子音の分類は、ロシア語を文字で書き表すときの決まり事に大きな影響を与えます。
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