ロシア語には、正書法の規則とよばれる、文字の綴り方の決まり事があります。名詞や形容詞、動詞が変化するときに、変則的な綴りが現われることがあります。
ここではロシア語の単語の綴り方について、正書法の規則を説明します。
また、ロシア語は基本的に文字の綴りから発音が分かるのですが、文字の綴り通りに発音しない場合があります。例外的な発音をするパターンについて、いくつか例を挙げて説明します。
ロシア語の正書法の規則
正書法(せいしょほう)とは、言語を文字で書き記すときの決まり事のことです。単語の綴り方や大文字・小文字の使い分け方、句読点の使い方などの決まり事があります。
ロシア語の正書法の規則という場合、単語の綴り方についての決まり事を意味することが多いようです。
名詞や形容詞、動詞が語尾変化するときに、本来書くはずの母音文字を書かずに、違う母音文字を書く規則です。
正書法の規則は、次のように表されます。
正書法の規則は、あくまでも文字の綴り方の決まりであって、発音の決まりではありません。しかし、г, к, х について正書法の規則が適用されたときには、発音にも影響します。
初級の教科書にはあまり書かれませんが、文字 ц についても、次のような正書法の規則があります。
文字 г, к, х の場合
г, к, х は硬子音と軟子音の両方を表すことができる文字です。
これらの文字の後に、文字 ы を綴る必要があるときに、文字 и を綴るという決まりです。
なお、語尾変化のときに、これらの文字の後に ю, я を綴る必要が出て来ることはありません。
代表して文字 г で考えると、文字の綴りの問題としては、гы ではなく ги を綴るというだけのことです。しかし、綴りが表す発音について考えると、少し複雑になってしまいます。
文字 г の後に文字 ы を綴る必要がある場合、文字 г は硬子音 /ɡ/ を表していて、その後に母音 /i/ を発音したいということです。このとき正書法の規則によって гы ではなく ги と綴るので、結果として軟子音 /ɡʲ/ と母音 /i/ の組み合わせになってしまいます。
ですから、г, к, х に正書法の規則が適用されると、硬子音の /ɡ, k, x/ が軟子音の /ɡʲ, kʲ, xʲ/ に発音が変化することになります。
文字 ж, ш の場合
ж, ш は常に硬子音を表す文字です。
これらの文字の後に ы と и、ю と у、я と а、どちらを綴っても発音は変わりませんが、必ず и, у, а を綴ります。
文字 ч, щ の場合
ч, щ は常に軟子音を表す文字です。
これらの文字の後に ы と и、ю と у、я と а、どちらを綴っても発音は変わりませんが、必ず и, у, а を綴ります。
文字 ц の場合
ц は常に硬子音を表す文字です。
ц の後に ю と у、я と а、どちらを綴っても発音は変わりませんが、必ず у, а を綴ります。
また、ц の後に ы と и のどちらを綴っても発音は変わりませんが、単語の語尾の部分では ы を綴ります。
正書法の規則が適用される例
実際の単語の語形変化で、正書法の規則が適用される例をいくつか挙げます。
名詞の複数主格形
子音で終わる男性名詞や /a/ で終わる女性名詞の複数主格は、語尾が /i/ になります。語幹が硬子音で終わる場合は ы、軟子音で終わる場合は и を綴ることになります。
このとき、語幹が г, к, х, ж, ч, ш, щ で終わる場合は、正書法の規則が適用されるため、常に и が書かれます。
形容詞の長語尾形
形容詞の長語尾形の主格語尾は、男性 /ij/、中性 /oje/、女性 /aja/、複数 /ije/ です。
形容詞の変化のタイプは、硬変化型と軟変化型に大きく分けられます。
文字の綴りでは、形容詞の語幹が硬子音で終わる場合は、男性 ый、中性 ое、女性 ая、複数 ые となります。ここで、語幹が г, к, х で終わる場合、男性と複数では ы を書くことができず、代わりに и を書くので ий, ие となります。
また、語幹が軟子音で終わる場合は、男性 ий、中性 ее、女性 яя、複数 ие と綴ります。語幹が ж, ч, ш, щ で終わる場合、女性では я を書くことができず、代わりに а を書くので ая となります。
動詞の現在変化形
動詞の現在変化形で、単数1人称の語尾は /u/ です。基本的に動詞語幹は軟子音で終わるので、綴りでは ю となります。ここで、動詞語幹が ж, ч, ш, щ で終わる場合は、ю を書けないので、代わりに у を書きます。
動詞の複数3人称の語尾でも同じようなことが起こります。第1変化動詞では ют、第2変化動詞では ят を書けないので、代わりに ут、ат を書きます。
例外的な発音
ロシア語の綴りは、発音とのギャップが少なく、かなり表音的だといえます。それでも、綴り通りに発音しないパターンもあります。
例外的な発音をする例をいくつか挙げます。
сш зш
сш, зш は、шш と綴られたかのように /ʃː/ [ʃˠː] と発音されます。硬子音の ш の長音です。
сж зж
сж, зж は、жж と綴られたかのように /ʒː/ [ʒˠː] と発音されます。硬子音の ж の長音です。
сч зч жч
сч, зч は、щ と綴られたかのように /ɕː/ [ɕː] と発音されます。
жч も、単語によっては同じように щ と綴られたかのように発音されます。
стн здн стл
стн, здн, стл は、真ん中の т や д を脱落して発音されます。
что
что とその派生語(чтобы, что-то, что-нибудь など)では、ч を ш のように発音します。ただし、нечто は綴り通りに /ˈnʲetɕto/ [ˈnʲet͡ɕtə] と発音します。
чн
чн を шн と綴られたかのように発音する単語があります。
гк
гк を хк と綴られたかのように発音する単語があります。
ого его
形容詞や代名詞の男性・中性生格形で、ого, его の г を в と綴られたかのように発音します。
ться тся
ロシア語には、語末に -ся の付いた ся動詞という動詞があります。この動詞の不定形に現われる -ться や、現在変化の3人称形に現われる -тся は、どちらも /ttsa/ [t̚t͡sə] と発音します。
ович евич
父称の男性形に現われる -ович, -евич は、口語ではそれぞれ -ыч, -ич と綴られたかのように発音することがあります。
二重子音字
同じ子音字が続けて綴られているものを、ここでは二重子音字と呼びます。
二重子音字には、次の2つの読み方があります。
単子音と長子音のどちらで発音するかは、単語によって決まっています。このため、辞書で1つ1つ確認しなければなりません。
単子音として発音する単語では、子音字が2つ並んで綴られていても、1つの子音として発音します。
長子音として発音する単語は、1つの子音を長く、長子音として発音します。文字の綴り通りに2つの子音が連続していると考えても問題ありません。
当サイトでは、二重子音字を長子音として発音する単語は、分かりやすさのため、子音の発音記号を並べて [ˈkassə] のように発音を表すことにします。
まとめ
正書法の規則は、ロシア語を学習するときにとても重要な決まり事なので、きちんと身につける必要があります。
名詞や形容詞、動詞の変化を学習すると、正書法の規則が関係する変化形がよく出てきますので、自然と覚えられると思います。
また、ここで説明した例外的な発音をする綴り字が含まれていても、規則的に発音する単語もあります。ひとつひとつ辞書で発音を確認する必要があります。
コメント