ロシア語の36個の子音音素のうち、摩擦音13個の発音を詳しく説明します。
ロシア語の子音音素は、破裂音、破擦音、摩擦音、鼻音、ふるえ音、接近音、側面接近音の7種類に分類することができます。そのうち、摩擦音は口腔内で空気の通り道を狭めて、その隙間で空気を摩擦させて発音する音です。これらの発音を、多くの教科書では触れていないような音声学の知識も使って詳しく説明します。
はじめに
以下の説明では、音声学の用語を使っています。いくつかの用語について簡単に説明します。
子音の音素(ロシア語の音の体系として存在する音の種類)を / / で、その子音の実際の発音(異音)を [ ] で表しています。
音素と実際の発音の違いについては、次の記事で説明していますので参考にしてください。
子音は、のどを含む口の中の空気の通り道を、ふさいだり狭めたりして発音します。子音の音を作り出す場所を調音の場所といいます。
上あごの主な調音場所(上位調音器官)には、上歯、歯茎、硬口蓋、軟口蓋があります。舌も調音器官で、舌を前後に3分割して、前側を舌端、中程を前舌、後ろ側を後舌といいます。また、舌の先端を舌尖といいます。
子音の調音器官については、次の記事で説明していますので参考にしてください。
摩擦音
口腔内の空気の通り道の一部を狭めて、そこで肺から流れてきた空気を摩擦させて調音されるのが摩擦音です。
ロシア語には、次の5種類の摩擦音があります。
/f/, /fʲ/, /v/, /vʲ/:唇歯摩擦音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/f/ | [f] | 無声唇歯摩擦音 | 有声化すると [v] |
/fʲ/ | [fʲ] | 硬口蓋化した無声唇歯摩擦音 | 有声化すると [vʲ] |
/v/ | [v] | 有声唇歯摩擦音 | 無声化すると [f] |
摩擦が弱まると [ʋ] | |||
/vʲ/ | [vʲ] | 硬口蓋化した有声唇歯摩擦音 | 無声化すると [fʲ] |
摩擦が弱まると [ʋʲ] |
[f], [fʲ] は無声子音、[v], [vʲ], [ʋ], [ʋʲ] は有声子音です。また、[f], [v], [ʋ] は硬子音、[fʲ], [vʲ], [ʋʲ] は軟子音です。
硬子音 /f/, /v/
/f/, /v/ の基本的な発音はそれぞれ [f], [v] です。
上の前歯を下唇(の上端の内側)に軽く接触させて、肺から流れてきた空気がその間の隙間を通るときに、摩擦した音を発生させます。
上歯と下唇は軽く接触させるだけで十分です。摩擦音ですから、吐く息を摩擦させることがポイントです。上歯を下唇に強く当てて噛んでしまうと、息が一瞬せき止められて破裂音になってしまいます。
上唇を少し持ち上げて、外から上の歯が見えるように発音することも重要です。上唇が下がっていると、上唇と下唇が近づいてしまって、両唇摩擦音 [ɸ], [β] に聞こえてしまいます。日本語の /フ/ を発音するときの子音は、この [ɸ] ですから、区別するようにしましょう。
また、/f/ は有声化すると [v]、/v/ は無声化すると [f] として発音されます。有声音の /v/ は、母音の間に置かれた場合に、摩擦が弱まって唇歯接近音 [ʋ] として発音されることがあります。
軟子音 /fʲ/, /vʲ/
/fʲ/, /vʲ/ の基本的な発音は [fʲ], [vʲ] です。
[i] を発音するときのように唇を横に引いて、 舌の中程の面(前舌面)を上あごの中程(硬口蓋)に近づけた状態で [f], [v] を発音します。
発音の注意点は硬子音の時と同じで、上歯と下唇は軽く接触させるだけにして、上唇を少し持ち上げるようにしましょう。
また、/fʲ/ は有声化すると [vʲ]、/vʲ/ は無声化すると [fʲ] として発音されます。有声音の /vʲ/ は、母音の間に置かれた場合に、摩擦が弱まって唇歯接近音 [ʋʲ] として発音されることがあります。
/s/, /sʲ/, /z/, /zʲ/:歯茎摩擦音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/s/ | [s] | 無声歯茎摩擦音 | 有声化すると [z] |
/sʲ/ | [sʲ] | 硬口蓋化した無声歯茎摩擦音 | 有声化すると [zʲ] |
/z/ | [z] | 有声歯茎摩擦音 | 無声化すると [s] |
/zʲ/ | [zʲ] | 硬口蓋化した有声歯茎摩擦音 | 無声化すると [sʲ] |
[s], [sʲ] は無声子音、[z], [zʲ] は有声子音です。また、[s], [z] は硬子音、[sʲ], [zʲ] は軟子音です。
硬子音 /s/, /z/
/s/, /z/ の基本的な発音は [s], [z] です。日本語の /サ/, /ザ/ を発音するときの子音とほぼ同じですが、舌が歯や歯茎に接触しないようにします。
歯茎破裂音の [t] や [d] と同じように、舌の前方の面(舌端面)を、上歯から歯茎にかけての部分(歯-歯茎)に近づけて、その間を空気が通るときに摩擦させて発音します。舌の先端(舌尖)は通常は下歯の裏に接触しています。
このときに声帯を振動させないと無声歯茎摩擦音 [s]、声帯を振動させると有声歯茎摩擦音 [z] となります。
日本語の /ザ/ を発音するときの子音は、語頭では [d͡z]、語中では [z] として発音されることが多いようです。ロシア語の /z/ は摩擦音 [z] ですから、破擦音の [d͡z] とならないように気をつける必要があります。舌端を上歯の裏や歯茎に近づけますが、接触させてはいけません。
また、/s/ は有声化すると [z]、/z/ は無声化すると [s] として発音されます。
軟子音 /sʲ/, /zʲ/
軟子音である /sʲ/, /zʲ/ の基本的な発音は [sʲ], [zʲ] です。日本語の /シ/, /ジ/, /スィ/, /ズィ/ とも、英語の [s], [z], [ʃ], [ʒ] とも違っています。
[i] を発音するときのように唇を横に引いて、舌の中程の面(前舌面)を上あご(硬口蓋)に近づけて [s], [z] を発音します。基本となる音は [s], [z] なので、舌の前の部分(舌端)は歯から歯茎に近づいた状態のままです。舌尖は自然と下にたれています。
日本人にとって /sʲ/, /zʲ/ は、次に説明する /ʃ/, /ʒ/ や /ɕː/ と区別するのが難しい発音です。日本語の /シ/ がこれらの発音の間くらいの舌の位置で発音するからです。まったく別の発音として練習しなければなりません。
日本語の /シ/ を発音するときの子音は、舌の中程の面(前舌面)を上あご(歯茎硬口蓋)に近づけて発音します。一方、ロシア語の /sʲ/ は舌の前の方(舌端)を歯から歯茎にかけての部分に近づけて発音するという違いがあります。ですから、舌端を使って上歯のあたりで発音するように意識するとよいでしょう。
また、/sʲ/ は有声化すると [zʲ]、/zʲ/ は無声化すると [sʲ] として発音されます。
/ʃ/, /ʒ/:後部歯茎摩擦音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/ʃ/ | [ʃˠ] | 軟口蓋化した無声後部歯茎摩擦音 | 有声化すると [ʒˠ] |
/ʒ/ | [ʒˠ] | 軟口蓋化した有声後部歯茎摩擦音 | 無声化すると [ʃˠ] |
[ʃˠ] は無声子音、[ʒˠ] は有声子音です。
/ʃ/, /ʒ/ の基本的な発音は [ʃˠ], [ʒˠ] で、簡単に [ʃ], [ʒ] と書くこともあります。
無声後部歯茎摩擦音 [ʃˠ] は、舌の前の方(舌端)を、歯茎の奥の傾きが急になっている部分(後部歯茎)に近づけて、この隙間で空気を摩擦させて発音します。これだけだと英語の [ʃ] とほぼ同じ音になってしまいます。ロシア語の場合はさらに、舌面の後ろの方(後舌)を上あごの奥の部分(軟口蓋)に近づけます。これを軟口蓋化といい、国際音声記号では [ ˠ ] の記号で表します。
舌端は後部歯茎に、後舌は軟口蓋にそれぞれ近づくので、2か所で空気の通り道が狭められています。このとき、舌端と後舌の間にある舌の中程の面(前舌)は決して上あごに近づけてはいけません。むしろ舌をくぼませるような感じで低く押さえます。前舌を持ち上げてしまうと、硬口蓋に近づいて硬口蓋化してしまいます。
難しい発音ですが、唇を少しだけ丸くすると発音しやすくなります。
有声後部歯茎摩擦音 [ʒˠ] は [ʃˠ] を発音するときに声帯を振動させて有声音にするだけです。摩擦音ですから、舌端を後部歯茎に近づけるだけで、接触させてはいけません。
/ʃ/, /ʒ/ は硬子音に分類されて、対応する軟子音がありません。
また、/ʃ/ は有声化すると [ʒˠ]、/ʒ/ は無声化すると [ʃˠ] として発音されます。
/ɕː/:歯茎硬口蓋摩擦音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/ɕː/ | [ɕː] | 無声歯茎硬口蓋摩擦音 | 有声化すると [ʑː] |
[ɕː] は無声子音、[ʑː] は有声子音です。
/ɕː/ の基本的な発音は [ɕː] です。日本語の /シ/ を発音するときの子音とほぼ同じです。
舌の前の方(舌端)を歯茎の後部から硬口蓋の前部にかけての部分(歯茎硬口蓋)に近づけて、肺から流れてきた空気を摩擦させて発音します。摩擦している面は比較的広く、強め・長めに摩擦させるように意識するとよいでしょう。
/ɕː/ は軟子音に分類されて、対応する硬子音がありません。
また、子音音素としては /ɕː/ という無声音しかありませんが、実際の発音としては、特別の条件のときに [ɕː] の異音として有声歯茎硬口蓋摩擦音の [ʑː] が現われることがあります。
異音として現われる [ʑː] は摩擦音ですから、舌端を歯茎硬口蓋に決して接触させてはいけません。
/x/, /xʲ/:軟口蓋摩擦音
音素 | 基本的な発音 | その他の発音 | |
---|---|---|---|
/x/ | [x] | 無声軟口蓋摩擦音 | 有声化すると [ɣ] |
/xʲ/ | [xʲ] | 硬口蓋化した無声軟口蓋摩擦音 | 有声化すると [ɣʲ] |
[x], [xʲ] は無声子音、[ɣ], [ɣʲ] は有声子音です。また、[x], [ɣ] は硬子音、[xʲ], [ɣʲ] は軟子音です。
硬子音 /x/
/x/ の基本的な発音は [x] です。
[x] は破裂音 [k] と調音の場所が同じです。舌の後ろの方(後舌)を上あごの奥の部分(軟口蓋)に近づけて、空気を摩擦させて発音します。
日本語の /ハ/, /ヘ/, /ホ/ を発音するときの子音は声門摩擦音 [h] で、喉の奥にある声帯の隙間を摩擦させて出す音です。また、日本語の /ヒ/ を発音するときの子音は硬口蓋摩擦音 [ç] で、[x] を調音する場所より前側で摩擦させます。そして、日本語の /フ/ を発音するときの子音は両唇摩擦音 [ɸ] で、上下の唇の間で空気を摩擦させます。ですから、日本語のハ行のどの音も、[x] の調音の場所とは違います。
破裂音の [k] を発音するときの調音場所を意識して、同じ場所で空気を摩擦させるように意識するとよいでしょう。
また、/x/ は有声化して有声軟口蓋摩擦音 [ɣ] として発音されることがあります。しかし、ロシア語の音のシステムとして、独立した音素とは認められていません。
軟子音 /xʲ/
/xʲ/ の基本的な発音は [xʲ] です。
[x] を発音するときに、[i] を発音するときのように唇を横に引いて、舌の中程の面(前舌)を上あごの中程(硬口蓋)に近づけます。すると、舌と上あごの接触部分が少し前側にずれて、後部硬口蓋付近が中心となります。ですから、本来は軟口蓋音である /x/ の軟子音は、硬口蓋音に近い場所で調音されます。
日本語の /ヒ/ を発音するときの子音は硬口蓋摩擦音 [ç] です。[xʲ] の調音場所の方が少しだけ後ろ側ですが、その違いをあまり意識する必要はないでしょう。
また /xʲ/ は有声化して [ɣʲ] として発音されることがあります。しかし、ロシア語の音のシステムとして、独立した音素とは認められていません。
まとめ
ロシア語の子音のうち、摩擦音の発音を説明しました。
このうち、/f/, /fʲ/, /v/, /vʲ/, /s/, /z/, /ɕː/, /xʲ/ は、日本人にとって、少し注意が必要ですが、それほど難しい発音ではありません。
/sʲ/, /zʲ/, /ʃ/, /ʒ/, /x/ の発音には十分練習が必要です。/sʲ/, /zʲ/ は、日本語の /スィ/, /ズィ/ を、もっと舌先に近い部分を歯の裏に近づけて発音するとよいでしょう。/ʃ/, /ʒ/ は、舌先を歯茎の後ろの方に近づけるだけでなく、舌の後ろ側を上あごの奥の方に近づけて、唇を少し丸めるように意識すると発音しやすくなります。/x/ は、日本語の /カ/ を発音するときの上あごの場所を意識して、同じ場所で空気を摩擦するようにしましょう。
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