ロシア語の名詞は、文の中でどのような役割を果たしているかを示すために形が変わります。これを格(かく)といいます。
ロシア語の名詞の6つの格のうち、主に主語や述語として使われる主格について説明します。
単数主格形は、名詞の性の区別とも関係しています。このため、語末の音によって名詞の性が大体わかります。
複数主格形の語尾は、比較的単純ですが、例外的な語尾を持つ単語も多くあります。
名詞の主格形は、主語や述語として使われることがほとんどです。述語として使われるときには、時制によって、主格形ではなく造格形が使われることがあるため、注意が必要です。
また、主格形は呼びかけなどにも使われます。
名詞の主格形の概要
名詞は、人や物、事を指し示す働きをする単語です。ロシア語の名詞には、次のような特徴があります。
このうちの、名詞の格の1つである主格について説明します。
主格は、ロシア語の名詞が、文の中で主に主語や述語として使われる形です。
名詞の単数主格形と複数主格形を、多くの教科書にあるように語末の文字の綴りでまとめると次の表のようになります。
名詞の性 | 単数主格 | 複数主格 |
---|---|---|
男性名詞 | 子音字(й 以外) | -ы |
-й, -ь | -и | |
女性名詞 | -а | -ы |
-я, -ь | -и | |
中性名詞 | -о | -а |
-е | -я | |
-мя | -мена |
また、語末の音(音素)でまとめると次の表のようになります。
語末の 綴り | 語幹 | 単数主格 | 複数主格 | 名詞の性 | |
---|---|---|---|---|---|
語尾 | 語尾 | ||||
第1変化 | |||||
① | 子音字 | 硬子音 | -/i/ | 男性名詞 | |
-й | -/j/ | ||||
-ь | 軟子音 | ||||
② | -о | 硬子音 | -/o/ | -/a/ | 中性名詞 |
-е | 軟子音 | -/e/ | |||
第2変化 | |||||
③ | -а | 硬子音 | -/a/ | -/i/ | 女性名詞 |
-я | 軟子音 | ||||
第3変化 | |||||
④ | -ь | 軟子音 | -/i/ | 女性名詞 | |
-мя | -/mʲa/ | -/mʲen/-/a/ | 中性名詞 |
単数主格形と複数主格形の語尾だけを抜き出してまとめると、次のようになります。
※1 -/mʲa/ は、歴史的に語幹末の音が変化したものです。
※2 -/mʲen/ が語幹末、-/a/ が語尾です。
変化の仕方に着目すると、ロシア語の名詞は、第1変化、第2変化、第3変化の3つのタイプに大きく分けることができます。
また、名詞は語幹と語尾から成り立っていて、数や格によって変化するのは基本的に語尾の部分です。
ここでは、語末の音(音素)をもとにして、単数主格形と複数主格形の形を詳しく説明します。
名詞の単数主格形
単数主格形は、名詞の基本的な形で、辞書の見出しにも使われます。
ロシア語の名詞は、第1変化、第2変化、第3変化の大きく3つのグループに分けることができます。
数や格によって名詞の語尾が変化するときに、それぞれの変化タイプの名詞は、小さな違いはあっても、大きく見ると同じ変化をします。
※ -/mʲa/ は、歴史的に語幹末の音が変化したものです。
①第1変化の名詞(男性名詞)
第1変化の名詞には、男性名詞と中性名詞があります。そのうち、男性名詞の単数主格形には語尾がありません。語尾がないので、語幹だけで終わっています。語幹は子音で終わっていますので、言い換えると、第1変化の男性名詞は子音で終わっていると言うことができます。
ロシア語の子音は、硬子音と軟子音に分類することができますが、第1変化の男性名詞には、硬子音で終わる名詞も、軟子音で終わる名詞もあります。
また、単数主格形を考える上では、-/j/ という軟子音で終わる名詞は、-/tʲ/ のようなその他の軟子音で終わる名詞と区別する必要はありません。
②第1変化の名詞(中性名詞)
第1変化の中性名詞の単数主格形は、-/o/ や -/e/ の語尾で終わっています。
第1変化の男性名詞とは語尾の形が違いますが、主格以外の格では似たような変化をするので、同じ第1変化のタイプに含まれます。
名詞の語幹末の子音が硬子音であれば語尾は -/o/、軟子音であれば語尾は -/e/ となります。文字の綴りはそれぞれ -о、-е になります。
③第2変化の名詞
第2変化の名詞は、ほとんどが女性名詞で、一部の男性名詞もこの変化タイプで形が変わります。
第2変化の名詞の単数主格形は、-/a/ の語尾で終わっています。語幹末が硬子音で終わる名詞、軟子音で終わる名詞のどちらにも -/a/ の語尾が付きます。
文字の綴りではそれぞれ -а、-я になります。
④第3変化の名詞
第1変化、第2変化以外の名詞を、ここではすべて第3変化の名詞としています。
第3変化に含まれる女性名詞の単数主格形には語尾がありません。そして、語幹末の子音は軟子音です。このため、単数主格形は軟子音で終わることになります。文字の綴りでは、軟音記号 -ь で終わります。
第3変化の名詞には中性名詞もあって、単数主格形が -/mʲa/ で終わります。文字の綴りでは -мя となります。
名詞の単数主格形については、名詞の性と関連して、次の記事でも説明していますので参考にしてください。
例外的な単数主格形
ロシア語の名詞の単数主格形は、基本的に次のような形となっています。
しかし、この規則に当てはまらない名詞があります。
不変化の外来語
外来語は、通常の名詞変化タイプに当てはまらない名詞がほとんどで、格による変化をしません。このため、母音 -/i/, -/u/ で終わる名詞もあります。
また、不変化の外来語はふつう中性名詞です。
名詞の複数主格形
続いて、名詞の複数主格形を、名詞の変化タイプ別に説明します。
※ -/mʲen/ が語幹末、-/a/ が語尾です。
①第1変化の名詞(男性名詞)
第1変化の男性名詞の単数主格形は、語幹が子音で終わっていて、語尾がありません。複数主格形は、語幹に -/i/ の語尾を付けます。
語幹末の子音が硬子音でも軟子音でも、-/i/ を付けるだけです。文字の綴りでは、硬子音の後では -ы を付け、軟子音の後では -ь の代わりに -и を付けることになります。
ただし、語幹末が -/j/ の場合は、-/i/ を付けると -/ji/ となりますが、音が縮約されて -/i/ となります。文字の綴りでは -й が -и に変わることになります。
語幹末が -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/(文字の綴りでは -ж, -ч, -ш, -щ)の場合も同じように -/i/ を付けますが、文字の綴りでは正書法の規則によって、すべて -и を付けることになります。
また、語幹末が -/ɡ/, -/k/, -/x/(文字の綴りでは -г, -к, -х)の場合も、正書法の規則によって-и を付けることになりますが、この影響で軟子音 -/ɡʲ/, -/kʲ/, -/xʲ/ に変わってしまいます。
②第1変化の名詞(中性名詞)
第1変化の中性名詞の単数主格形は、語尾が -/o/ または -/e/ です。複数主格形は、語幹末の子音が硬子音でも軟子音でも、語尾を -/a/ に変えます。文字の綴りでは -о が -а に、-е が -я に変わることになります。
語幹末が -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/ と -/ts/(文字の綴りでは -ж, -ч, -ш, -щ と -ц)の場合も同じように -/a/ を付けますが、文字の綴りでは正書法の規則によって、すべて -о や -е が -а に変わることになります。
③第2変化の名詞
第2変化の名詞のほとんどは女性名詞で、一部に男性名詞があります。単数主格形は、語尾が -/a/ です。複数主格形は、語幹末の子音が硬子音でも軟子音でも、語尾を -/i/ に変えます。文字の綴りでは -а が -ы に、-я が -и に変わることになります。
語幹末が -/ɡ/, -/k/, -/x/(文字の綴りでは -г, -к, -х)や -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/(文字の綴りでは -ж, -ч, -ш, -щ)の場合も同じように -/i/ を付けます。第1変化の男性名詞と同じように、文字の綴りでは正書法の規則によって、すべて -и が付くことになります。また、 -/ɡ/, -/k/, -/x/ は軟子音 -/ɡʲ/, -/kʲ/, -/xʲ/ に変わってしまいます。
④第3変化の名詞
第3変化の名詞は、単数主格形が軟子音で終わる語尾のない女性名詞が基本となります。複数主格形は、-/i/ の語尾が付きます。文字の綴りでは -ь の代わりに -и を付けることになります。
語幹末が -/ʒ/, -/tɕ/, -/ʃ/, -/ɕː/(文字の綴りでは -жь, -чь, -шь, -щь)で終わる名詞は、単数主格形の綴りの -ь があってもなくても発音は変わりませんが、-ь の綴りが含まれているのが特徴です。正書法の規則によって、複数主格形は常に -ы ではなく -и が付きます。
同じように単数主格形の -ь が、複数主格形で -и に変わる女性名詞の中に、語幹が変化する名詞があります。単数主格形と単数対格形以外の語幹は、-/erʲ/ だけ長くなります。
第3変化の名詞には中性名詞もあって、単数主格形が -/mʲa/(文字の綴りでは -мя)で終わります。複数主格形は、末尾の -/mʲa/ が、本来の語幹である -/mʲen/ になって、語尾 -/a/ が付きます。
путь /putʲ/「道」という男性名詞は、軟子音で終わっていますが第1変化ではなく、第3変化と同じような変化をします。複数主格形は第1変化の単語と区別できませんが пути /puˈtʲi/ となります。
名詞の複数主格形については、名詞の数と関連して、次の記事でも説明していますので参考にしてください。
例外的な複数主格形
第1変化の名詞の中には、複数主格形が例外的な形になるものがあります。
主なパターンは次の通りですが、ひとつひとつ辞書で確認する必要があります。
①第1変化の名詞(男性名詞)
複数主格形が -а, -я となる男性名詞
第1変化の男性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/a/(文字の綴りでは -а, -я)となる単語があります。この語尾にアクセントがあります。
複数主格形が -ья となる男性名詞
第1変化の男性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/◌ʲja/(文字の綴りでは -ья)となる単語があります。ここで -/◌ʲ/ は、直前の硬子音が軟子音となることを表しています。
同じように、複数主格形の語尾が -/◌ʲja/(文字の綴りでは -ья)となる男性名詞の中で、語幹が変化する名詞があります。 друг のように語幹の子音が交替する(/ɡ/ から /z/ へ)もの、сын のように語幹が -/ov/- で延長されるものです。
単数主格形が -ин で終わる男性名詞
第1変化の男性名詞の中で、-/◌ʲin/(文字の綴りでは -ин)で終わる人を表す単語があります。これらの複数主格形にはいくつかのタイプがあって、単数主格形の -/◌ʲin/(文字の綴りでは -ин)が、-/◌ʲe/, -/i/, -/a/(文字の綴りでは -е, -ы, -а)に変わります。ひとつひとつ辞書を引いて確認する必要があります。
単数主格形が -онок, -ёнок で終わる男性名詞
第1変化の男性名詞の中で、-/onok/(文字の綴りでは -онок, -ёнок)で終わる生き物の子どもを表す単語があります。これらの複数主格形は、-/onok/ が -/ata/(文字の綴りでは -ата, -ята)に変わるものがあります。
複数形の語幹末が軟子音になる男性名詞
第1変化の男性名詞の中には、語幹末の硬子音が、複数形では軟子音になる単語があります。複数主格形の語尾はふつうの第1変化と同じ -/i/(文字の綴りでは -и)です。
②第1変化の名詞(中性名詞)
複数主格形が -и で終わる中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/i/(文字の綴りでは -и)となる単語があります。このタイプの単語は、複数主格形だけが基本的なパターンと違っていて、複数の他の格(生格、与格など)は通常通りの語尾が付きます。
複数形の語幹末が軟子音になって、複数主格形が -и で終わる中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、語幹末の硬子音が、複数形では軟子音になる単語があります。複数主格形の語尾はふつうの第1変化とは違っていて -/i/(文字の綴りでは -и)となります。また、ухо のように、語幹の子音が交替するものもあります。
複数主格形が -ья で終わる中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、複数主格形の語尾が -/◌ʲja/(文字の綴りでは -ья)となる単語があります。ここで -/◌ʲ/ は、直前の硬子音が軟子音となることを表しています。
複数形で語幹が変化する中性名詞
第1変化の中性名詞の中には、複数形の語幹が -/◌ʲes/ で延長される単語があります。語尾は通常の第1変化の -/a/(文字の綴りでは -а)が付きます。
名詞の主格の用法
名詞の主格には、主に次のような用法があります。
人称文の主語として
ロシア語の文は、主語と述語から成り立っているのが基本です。このような文を人称文(にんしょうぶん)といいます。
名詞が人称文の主語として使われるときは、主格となります。
人称文の述語には、動詞が使われるのが基本です。
また、形容詞や名詞が、動詞 быть とともに述語として使われることがあります。このとき、現在時制では動詞 быть は省略されます。
主語は、動詞が表す行為を行なう人や物、形容詞が表す性質や特徴をもっている人や物です。
人称文の述語として
人称文の中でも、「~は~だ」というような文では、名詞が動詞 быть とともに使われて述語となることができます。
現在時制では、動詞 быть はふつう省略されます。このとき、述語として使われる名詞は、主格となります。
2例目のように、主語と述語のどちらも名詞の場合は、主語と述語の間をダッシュ「—」で結びます。1例目では、主語 он は名詞ではなく代名詞なので、ダッシュで結ぶ必要はありません。
過去時制や未来時制では、述語として使われる名詞は、ふつう造格となります。
ただし、指示代名詞 это が主語となる文では、過去時制や未来時制でも、述語として使われる名詞は、主格のままです。
呼びかけとして
人に呼びかけるときは、主格を使います。
ただし、かつて存在した呼格(こかく)の名残で、次のような言い方が使われることがあります。現在では慣用句として使われていますから、実際に誰かに呼びかけているわけではありません。
名辞文の主題として
名辞文(めいじぶん)は、ただ名詞だけを使って「~だ」という意味を表す文です。小説などでよく使われます。ここで使われる名詞は主格となります。
まとめ
ロシア語の名詞の主格について説明しました。
名詞の単数主格形と複数主格形の語尾は、次のようになるのが基本です。
※1 -/mʲa/ は、語幹と語尾が一体化しています。
※2 -/mʲen/ が語幹末、-/a/ が語尾です。
また、名詞の主格の主な用法は次の通りです。
難しい用法はありませんが、名詞が述語として使われるときには注意が必要です。
現在時制では主格、過去時制や未来時制では造格として使うのが基本です。ただし、主語が это の場合は、述語の名詞は常に主格です。
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