ロシア語には、所有形容詞(物主形容詞)とよばれる形容詞があります。人や動物への所属や所有関係を表します。
現代のロシア語では、所有形容詞が使われる場面は少ないですが、順序数詞の третий「3番目の」は、所有形容詞と同じ変化をします。このため、まず третий の変化を覚えるのがよいでしょう。
所有形容詞は、常に名詞の修飾語として使われます。また、関係する名詞の性・数・格によって形が変わります。
その変化のしかたには、次の3つのタイプがあります。
形容詞の長語尾形の変化と、名詞の変化が混ざったような変化をします。
所有形容詞の概要
形容詞は、人や物、事の性質や特徴、関係性を表す単語です。名詞を修飾したり、述語として使われたりします。
ロシア語の形容詞は、その表す意味に着目すると、性質形容詞、関係形容詞、所有形容詞に分類することができます。
ここで説明する所有形容詞(しょゆうけいようし)は、「誰の?」という質問に対して「○○の」と答える役割をもつ形容詞です。
人や動物への所属や所有「関係」を表す形容詞ですから、所有形容詞も関係形容詞の一種と言うこともできます。
しかし、所有形容詞の格変化のしかたは、関係形容詞の格変化、つまり長語尾形の変化のしかたとは違う部分があります。このため、所有形容詞を関係形容詞とは別に分類して説明します。
なお、これまで多くのロシア語学習書では「物主形容詞(ぶっしゅけいようし)」と呼ばれてきました。他の学習書を読むときには注意してください。
所有形容詞は、常に名詞の修飾語として使われます。また、その変化のしかたには次のような特徴があります。
この変化の特徴は、形容詞の長語尾形の特徴と同じです。
この後の説明で、単語の中の赤字の母音字は、その母音にアクセントがおかれることを表しています。
所有形容詞の変化
所有形容詞を、その変化のしかたで分類すると、次の3つにタイプに分けられます。
-ий型
人や動物を表す名詞から作られる所有形容詞です。
もとの名詞に語尾が付いていれば取り外して、-/ij/(文字の綴りでは -ий)の接尾辞を付けた形が、所有形容詞の男性単数形主格になります。
この -/ij/ は、その前に置かれた子音を変化させる「硬口蓋化(こうこうがいか)」と呼ばれる音韻変化(おんいんへんか)を起こします。例えば、/ɡ/ → /ʒ/, /k/ → /tɕ/, /x/ → /ʃ/(文字の綴りでは、г → ж, к → ч, х → ш)のように変化します。
また、直前の子音が硬口蓋化を起こさない場合でも、軟子音に変化します。
この -/ij/ の付いた形が男性単数主格の形です。その他の変化形には、さらに変化語尾が付きます。変化語尾は次の通りです。
(-ий型)
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | -∅ | -/e/ | -/a/ | -/i/ |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | -/u/ | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | -/evo/ | -/ej/ | -/ix/ | |
前置格 | -/em/ | -/ej/ | -/ix/ | |
与格 | -/emu/ | -/ej/ | -/im/ | |
造格 | -/im/ | -/ej/ | -/imʲi/ |
表の中の は、名詞の変化語尾と同じ部分です。また、 は、形容詞の長語尾形の変化語尾と同じ部分です。語幹(男性単数主格の形)の末尾が -/j/ という軟子音で終わっているため、軟変化型の形容詞とほぼ同じです。
これを文字の綴りで表すと、次のようになります。
(-ий型)
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | なし | -е | -я | -и |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | -ю | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | -его | -ей | -их | |
前置格 | -ем | -ей | -их | |
与格 | -ему | -ей | -им | |
造格 | -им | -ей | -ими |
このように、名詞の格変化と形容詞の格変化が混ざったような変化をします。
ここで注意が必要なのは、はじめに付けた接尾辞 -/ij/ の -/i/-(文字の綴りでは -ий の -и-)は出没母音であることです。男性主格の形以外では、この後ろに語尾の母音が続くため、出没母音の -/i/- は消えてしまいます。
このタイプの所有形容詞の例として、лисий /ˈlʲisʲij/「狐の」の例を挙げます。лиса /lʲiˈsa/「狐」をもとにした所有形容詞です。出没母音の и が消えることによって、その直前の子音 с が軟子音であることを表すために、сь と綴られることに注意してください。
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | лисий | лисье | лисья | лисьи |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | лисью | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | лисьего | лисьей | лисьих | |
前置格 | лисьем | лисьей | лисьих | |
与格 | лисьему | лисьей | лисьим | |
造格 | лисьим | лисьей | лисьими |
男性前置格の形を例に挙げると、音素で表せば /ˈlʲisʲ(i)j/-/em/ → /ˈlʲisʲjem/ となって、文字では /sʲ/ が сь、/je/ が е と綴られるため、лисьем となるわけです。
このように、綴りの見かけ上では、и が ь に変化しているように見えます。
さらに注意点があります。音韻変化によって、文字の綴りが г → ж, к → ч, х → ш のように変化した場合にも、この文字 ь が綴られます。
文字 ж, ч, ш(音素表記で /ʒ/, /tɕ/, /ʃ/)は、その後ろに ь を綴っても綴らなくても、発音は変化せず、/ʒ/, /tɕ/, /ʃ/ のままです。しかし、所有形容詞の変化の綴りでは、лисий の場合と同じように ь を綴るのです。
волчий /ˈvoltɕij/「狼の」の例を挙げます。волк /volk/「狼」をもとにした所有形容詞です。
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | волчий | волчье | волчья | волчьи |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | волчью | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | волчьего | волчьей | волчьих | |
前置格 | волчьем | волчьей | волчьих | |
与格 | волчьему | волчьей | волчьим | |
造格 | волчьим | волчьей | волчьими |
なお、多くの学習書や辞書では、この変化タイプの所有形容詞を「特殊変化の形容詞」として、男性単数形主格の語尾が -ий であるとしています。しかし、ここで説明したように、男性単数形主格には語尾がないと考えるのが正しいのです。
-ов / -ев / -ёв型
人を表す子音で終わる男性名詞から作られる所有形容詞です。つまり、第1変化の男性名詞がもとになっています。
もとの名詞の末尾の子音が硬子音ならば -/ov/、軟子音ならば -/ev/ の接尾辞を付けた形が、所有形容詞の男性単数形主格になります。ただし、末尾の子音が軟子音で、接尾辞にアクセントがある場合は -/ov/ を付けます。
文字の綴りでは、もとの名詞の末尾の子音が硬子音ならば -ов、軟子音ならば -ев、軟子音で接尾辞にアクセントがあれば -ёв となります。
この -/ov/, -/ev/ の付いた形が男性単数主格の形です。その他の変化形には、さらに変化語尾が付きます。変化語尾は次の通りです。
(-ов / -ев / -ёв型)
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | -∅ | -/o/ | -/a/ | -/i/ |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | -/u/ | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | -/a/ | -/oj/ | -/ix/ | |
前置格 | -/om/ | -/oj/ | -/ix/ | |
与格 | -/u/ | -/oj/ | -/im/ | |
造格 | -/im/ | -/oj/ | -/imʲi/ |
表の中の は、名詞の変化語尾と同じ部分です。また、 は、硬変化型の形容詞の長語尾形の変化語尾と同じ部分です。
これを文字の綴りで表すと、次のようになります。
(-ов / -ев / -ёв型)
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | なし | -о | -а | -ы |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | -у | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | -а | -ой | -ых | |
前置格 | -ом | -ой | -ых | |
与格 | -у | -ой | -ым | |
造格 | -ым | -ой | -ыми |
このように、名詞の格変化と形容詞の格変化が混ざったような変化をします。
このタイプの所有形容詞の例として、отцов /oˈttsov/「父の」の例を挙げます。отец /oˈtʲets/「父」をもとにした所有形容詞です。出没母音の е が消えていることにも注意してください。
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | отцов | отцово | отцова | отцовы |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | отцову | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | отцова | отцовой | отцовых | |
前置格 | отцовом | отцовой | отцовых | |
与格 | отцову | отцовой | отцовым | |
造格 | отцовым | отцовой | отцовыми |
-ин / -ын型
人を表す -/a/(文字の綴りでは -а や -я)で終わる名詞から作られる所有形容詞です。つまり、第2変化の女性名詞や男性名詞がもとになっています。
もとの名詞の末尾の -/a/ を取り除いて、-/in/ の接尾辞を付けた形が、所有形容詞の男性単数形主格になります。この -/in/ は、その前に置かれた子音を軟子音に変化させるので、-/ʲin/ であると考えることができます。
ただし、語幹末の子音が -/ts/ の場合は、軟子音に変化することはありません。
文字の綴りでは、もとの名詞の末尾の -а や -я を取り除いて -ин を付けます。語幹末が -ц ならば -ын を付けます。
この -/in/ の付いた形が男性単数主格の形です。その他の変化形には、さらに変化語尾が付きます。変化語尾は次の通りです。
(-ин / -ын型)
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | -∅ | -/o/ | -/a/ | -/i/ |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | -/u/ | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | -/ovo/ | -/oj/ | -/ix/ | |
前置格 | -/om/ | -/oj/ | -/ix/ | |
与格 | -/omu/ | -/oj/ | -/im/ | |
造格 | -/im/ | -/oj/ | -/imʲi/ |
表の中の は、名詞の変化語尾と同じ部分です。また、 は、硬変化型の形容詞の長語尾形の変化語尾と同じ部分です。
これを文字の綴りで表すと、次のようになります。
(-ин / -ын型)
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | なし | -о | -а | -ы |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | -у | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | -ого | -ой | -ых | |
前置格 | -ом | -ой | -ых | |
与格 | -ому | -ой | -ым | |
造格 | -ым | -ой | -ыми |
このように、名詞の格変化と形容詞の格変化が混ざったような変化をします。
-ов / -ев / -ёв型の所有形容詞の変化とほとんど同じですが、単数男性と中性の生格が -/ovo/、与格が -/omu/ となって、形容詞の長語尾形の変化と同じ形になっている点が異なります。
このタイプの所有形容詞の例として、мамин /ˈmamʲin/「お母さんの」の例を挙げます。мама /ˈmama/「お母さん」をもとにした所有形容詞です。
単数 | 複数 | |||
---|---|---|---|---|
男性 | 中性 | 女性 | ||
主格 | мамин | мамино | мамина | мамины |
対格 | 不活動体=主格 活動体=生格 |
=主格 | мамину | 不活動体=主格 活動体=生格 |
生格 | маминого | маминой | маминых | |
前置格 | мамином | маминой | маминых | |
与格 | маминому | маминой | маминым | |
造格 | маминым | маминой | мамиными |
所有形容詞の用法
所有形容詞は、名詞を修飾して、人や動物への所属や所有関係を表します。
一方、名詞の生格形を使って所属や所有を表すことができます。
現代ロシア語では、所属や所有関係を表すには、名詞の生格形を使うのがふつうです。このため、所有形容詞を使うことはほとんどありません。
所有形容詞を使うのは、次のような場面です。
「お母さんの猫」の場合、所有形容詞を使った表現は、話しことばに限られます。
また、所有形容詞は、意味の上では関係形容詞の一種と考えられるのですが、その用法から離れて、性質形容詞のように使われることがあります。その場合、「その種類に特有の」のような意味合いを持ちます。
成句になった表現としては、次のようなものがあります。
まとめ
ロシア語の所有形容詞について説明しました。
所有形容詞(物主形容詞)は、人や動物への所属や所有関係を表す形容詞です。現代のロシア語では、使われる機会の少ない単語です。
所有形容詞の変化のしかたには次のような特徴があります。また、常に名詞の修飾語として使われます。
所有形容詞の変化のしかたには、次の3つのタイプがあります。
形容詞の長語尾形の変化と、名詞の変化が混ざったような変化をします。
所有形容詞は使われる機会が多くはありませんが、順序数詞の третий「3番目の」は、-ий型の所有形容詞と同じ変化をします。このため、まず третий の変化を覚えるのがよいでしょう。
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